2015年3月26日木曜日

ぼくはくま



きょうもお天気がよくて、気持ちがよかった。
ベランダから見える公園の桜の木も、
ちいさなピンク色をしたためていて、なんだかわくわくします。

ほんとはきのう、書きたかったんだけれど、
ぱそこんちゃんの調子が悪くて断念。
きょうはまだ、ごきげんさんでよかったですー。

じつは、前回の更新の翌日、職場で転んで後頭部と腰を強打してしまい、
きのうまで一歩も家から出られない状態でした。

こまめについったで現状報告をしているので、
あらためて書くこともそんなにないんだけれど、
ちょっと(個人的に)おもしろいから、療養日記としてできごとを整理しつつ書いてみました。

3/19の、にっき。
3/20の、にっき。
3/21の、にっき。
3/22の、にっき。
3/23の、にっき。
3/24の、にっき。
3/25の、にっき。


きょうはそれに費やした一日でした。
もうしばらく、ブログ書きたくない…。



2015年3月25日水曜日

3/25の、にっき。


療養中のことを記した、覚書、パート7。


・3/25 怪我から一週間

前日の寝不足がたたって、早く起きれずでしたが、
姉の用事に付き合いがてら、外の世界に触れ合った、記念すべき日でした。

ほんとに久しぶりに、家から出ました。
不安だった階段も、おとといよりは安定して上り下りができて、
なんなら荷物を持って、階段を上がったりもした。
(二往復が限界でしたが)

姉と車ですこし遠くまで行ったんだけれど、
ひさびさの外の世界はとても気持ちがよくて、
退院したてみたいにはしゃいでたのしかったです。
道中もバカなこと言い合ったり、おかしな看板を見つけたりして、
めちゃくちゃたのしかった。


ひさしぶりに、あるひとの、顔をみて、
わりとゆっくりお話しすることが、できました。

まだ、会ってちゃんと話すのは、そんなに回数を重ねていないのだけれど、
すこし慣れてくれたのか、前に比べるととても話しやすかった。
わたしも怪我をしていることで、力が抜けていて、
へんな気負いもなく、リラックスできていたからかもしれない。
お姉ちゃんを待っているあいだ、わたしも自由に過ごさせてもらって、
落書きをしたり、海外旅行の話を聞いたりしました。
春の日差しのせいか、家のなかも、彼の顔色も明るくて、よかったと思う。

そのひとのこと、
わたしになにかできることがあればいいなと、
いつも思って、探しています。

なかなかに、むずかしい問題だけれど。
楽観的すぎるのかな?
もちろん、時間はかかると思うけれど、
きっとよくなると、思っています。

むかしに比べて、だれかのことを信じる、ということが、
すこしずつ、できるように、なってきた気がする。
そのときは気付かなかったけれど、やっぱり、
いつもじぶんに自信がなくて、いつもじぶんのことを否定していて、
それとおなじぶんだけ、まわりのひとのこと、信じることができなくて、
否定してばっかりいたなあと、そう感じます。

わたしがすこしずつ、よくなってきているように、
彼もまた、かならず、よくなると思う。
わたしはそう、信じています。

前は、助けたい、何ができるだろう、って、思っていたんだけれど。
いまは、じぶんの行動によって助けたい、って思うより、
そのひとの持っている、がんばる力を信じて応援しつつ、
やっぱり、わたしはわたしのこと、しっかりしなくちゃ、と思うようになりました。

わたしが、楽しんで生きていたら、彼もそれをみて、
「生きるのって、たのしいんだ」って、思ってくれるんじゃないか。
いまはそう、思っています。
その上で、わたしができることで、なにか助けになることがあれば、もちろん全力を尽くしたい。

けっきょく、じぶんが大丈夫じゃないと、ひとに「だいじょうぶ」なんていえないし、
そのちからも持っていないのに、助けようと思うなんて、
おこがましいことだと気付いて、とても反省をしました。
自然の流れにまかせることも、重要な解決方法になるときもあるんだと。

まだまだ解決はむずかしいのかしら。
ううん、むしろもう、解決してしまっていると、かんがえたら?

「解決するのが難しい」と思うから、その通りなのかもしれない。
「なんの問題もない!すべてはうまくいっている!」
そう思うだけで、なんだかこころが、かるくなる気がします。

そうして羽根の生えた、かるいこころなら、
たいていのことはへっちゃらに、なるような気がする。
なんでも気の持ちよう、をうまく使いこなせると、いいなあと思います。


ちなみにこの日、あさから着替えるときに、
なんと片足立ちで下着やズボンをはくことができて、
とってもうれしかった日でした。
普通のひとは普通にやっていることなんだけれど。笑

いままでずっと、座らないとできなかったことだったので、
うれしくて仕方なかったです。


つづく。

2015年3月24日火曜日

3/24の、にっき。


療養中のことを記した、覚書。パート6。


・3/24 怪我から6日め

運動不足、ダメ!と思い立って、朝からラジオ体操にチャレンジしました。
もちろん腰を曲げる動作は一切できなかったけれど。
すこしだけ、体が生き返るのを感じた。

そこまでお天気ではなかったのですが、晴れ間が見えていたので、
母にお布団を干してもらって、すこしリフレッシュできました。

この日もぜいたくに、音楽とふれあう時間を与えてもらって、
ワニの『わるい夢が去るまで』をはじめ、
『でんでん虫のレース』『陽炎』を、ギターで練習しました。

楽曲のよさにほれぼれしつつ(オイオイ)、
ワニバンドのみんなのすごさを、あらためて感じて、
そしてみんなの、ワニに対する愛情の深さを、とても感じた。

うまく言葉に出来ないのですが、
この曲に、よくもまあこんなにいいギターだったり、ベースラインだったりをつけてくれて、
よくもあんないい演奏で、いっしょになって、
ワニのいる生活の音楽を、表現してくれたものだなあ、と。

おおもとは、西岡くんの考えたものが基本になっているんだけれど、
そこから、たとえばひとつの和音を弾くにしても、
どういう気持ちで、どういうタイミングで腕を動かして弾くと、
こんなふうに音が出るんだ、と、よく研究してくれているな、と感心ました。

みんな、やっぱりただものじゃないな。
おもしろいやつら、ばっかりです。

そんなメンバーといっしょになって、ライブをしたり、
音源に参加してもらったり、していただなんて、
なんて恵まれた環境にいたのだろう、と思いました。

いま、みんなそれぞれに音楽の活動を続けていて、
また復活したときにいっしょに音を奏でたとき、
もっとすごいことになるんだろうな。

それが、ものすごく、ものすごく、楽しみで仕方ないです。
わたしも負けてないで、もっといろんなこと、
吸収して大きくなっていきたいと、思いました。

ほんとうに、まいにち、
ありがたい発見の連続です。


その日の夜中、ふと目が覚めて、
母と従姉妹が話す声で眠れなくてしばらくしていたら、
ものすごい頭痛と胸のモヤモヤに襲われて、
いそいでお薬を飲みました。
しばらく寝つけず、いろんなことを考えてしまった。

このまま眠ったまま、あしたのあさ、
目が覚めない可能性があるんだなあと、体で感じて、
おそろしかったけれど、とてもたいせつなことだと、思いました。

死にたくない、死ぬのがこわい、というより、
死んでたまるか、って思えたのは、ひとつの財産のような気がします。
そしてそれよりも、いまそう思うだけじゃなくて、
いつ死んでもいいようにしておかないと、と思えました。
まだまだ、この世にたくさんの、心残りがある。

がけっぷちに立たないとわからないこと、
失いたくないものとか、こころから会いたいひと。
なにが大切で、なにをおそれて、なにを守りたいのか。

そういうものがはっきりと見えて、貴重な体験でした。


そして答えはもう、わかりきっているのにね、と思った。
明日死ぬとしたら、一番会いたいひとは誰なのか、ということくらい、
わたしはちゃんと、知っていた。

それを自覚できただけでも、十分だと思った。
おおげさだけれど、この日、
いままでの人生を生きてきた意味があるとまで感じた。

それくらい、たいせつなものに、
あなたはもう、なってしまっている。

化石のように抱いた気持ちは、胸のおくで、
かけがえのない光を、やさしく放っている。

だけれど、もし、たとえ昔のように、
あなたがわたしに手を差し伸べてくれるとしても、
いまはまだ、わたしはわたしと向き合って、
いろいろなことに、けじめをつけるべき時なんだということ。

わたしはちゃんと、知っていますよ、
ありがとう。


そんなことを想いながら、しずかに眠りにつきました。


つづく。

2015年3月23日月曜日

3/23の、にっき。


療養中のことを記した、覚書。パート5。


・3/23 怪我から5日め

朝からいろいろあって、すこしおセンチな気分だったのを、
わかばさんのメールと、姉との爆笑コントに助けられて、好スタート。

ついったーのアイコンを、姉からもらったくまのポーチにしたりと、
このころから、お姉ちゃんが大好きすぎて、
いんすたのお写真や、つぶやきなどがウザくなってきます。
(現在もなお進行中)

従姉妹がお仕事帰りに、近くのパンケーキ屋さんに行こうと誘ってくれたので、
家から出られるかな、と思って、階段の上り下りにチャレンジしましたが、
あえなく失敗。ひとり、ふてくされる。

なんとなく、落ち込みかけていたんだけれど、
姉に塗ってもらったピンクのネイルが、かわいくて、
なんだか勇気づけられました。

すごくささいなことなんだろうけれど。
とてもしあわせだなと思った。


お昼過ぎ、若干の頭痛に襲われて、
こんなですが一応後頭部を強打しているので、ちょっぴりこわくなりました。
ゆううつになりたくなくて、ピアノとギターをたくさん弾く。

ひさしぶりに、ピアノで曲を作りました。
『誘拐』という曲で、いまの鬱憤を晴らすかのように、
思いっきり暗いかんじの曲になって、じぶんですこし笑った。

ギターはずっと、『きせつの通りみち』を練習していたんだけれど、
思い立って、ワニのいる生活の曲をギターで練習してみる。


あらためて、ワニの曲、というか、
西岡くんの曲を、いいなと思った。
ものすごく、いいなと思った。

いつもワニの曲は、ピアノでの解釈しかしたことがなかったのですが、
ほかの楽器で弾くことで、あたらしく見えてくるものが、たくさんありました。
ピアノでは気付かなかった、
歌のメロディーを生かすためのコード進行だったり、細かなフレーズのアイデアだったり、
そして、歌とギターで表現しようとするからこそできる、
ニュアンスのつけかたや、気持ちの込めかた。

うわあ、すごく面白いなあ、と思って、
ひたすら夢中でギターを弾いています。
またなにかしらのかたちにして、お届けできると、いいなと思います。


こんなふうに、いま、時間をぜいたくに使わせてもらえる環境にあって、
それでいて、強烈にやりたいことがあって、それをさせてもらっているなんて、
神さまは、わたしのこと、すこし甘やかしすぎなんじゃないか!?
と、ちょっと思ってしまった。

すべてのものごとが、しっくりきているように思うことが多々ある。
それをどう活かすかは、自分次第なんだよという、
無言の圧力も、すこしだけ感じながら。

じぶんに負けないように過ごしたいと、あらためて思いました。


はやくいろんな曲の録音もしたいんだけれど、
歌いすぎて喉が弱っているので、しばらくおあずけかな~。

こんなに、ワニのこと、だいすきになるなんて。
一度立ち止まって、とおくから見つめなおさないと、
わからなかったことだと思います。

みんなのこと、待たせてしまっているけど。
わたしなりに、音楽と向き合って、
しっかり充電活動、できていると思う。

わたしは、わくわくしています。
ありがとう、と、つよくつよく、思っています。



つづく。

2015年3月22日日曜日

3/22の、にっき。


療養中のことを記した、覚書、パート4。


・3/22 怪我から4日め


ようやく、歩くのと、立ったり座ったりができるようになりました。

ただ、普通の人ができている『立ったり座ったり』ではなくて、
『立つことができる(よいしょ、といって立つまで10秒くらいかかる)、
座ることができる(さあ、座るぞ、と思ってから座るまで、ほんとにゆっくり)』
といったかんじ。
もちろん、どこかに手をついていないと、難しい。

歩くのも、家の中ではそこまで不自由はないけれど、
到底外出できるレベルではなく、展覧会に行くのを断念。
あるくスピードは、まさに
『夜中に寝ている家族を起こさないように、そお~っと歩いてトイレに行く』
くらいのものでした。


あまりの重傷っぷりに、若干、焦りだします。
一体いつから職場復帰できるんだろう…。

ちょっと不安になりつつも、そこまで暗くならずにすんでいるのは、
家族がいてくれるおかげだなあと、心から感謝しました。

家事もね、「いままで(私が)やってくれてたぶん、一気に返してるなあ~」とか言いながら、
みんなお仕事もあって忙しいなか、協力してくれているし、
いままでなら「なんでやってくれないんだろ??むかむか!」と思っていた部分を、
すこし見方を変えてみようと思いました。

音楽にしても、生き方や考え方にしても、
『ゼロからスタートする』というのが、
このごろの大きなテーマのような、気がします。

じぶんのできないことを知る、
とてもむずかしいけれど、たいせつなことだと思いました。


お姉ちゃんの協力もありつつ、ひさしぶりに夜ごはんをつくりました。
じつは、お料理したくて、たまらなかったのです。

ただ、すこしの動作、たとえば、片足に体重をのせて、遠くのものをとる、
なんてことがぜんぜんできなくて、すこしショックでした。
冷蔵庫の野菜室から野菜をとるのですら、腰をかがめないといけないから、
こんなに困難だなんて、やってみないとわからないことでした。

お鍋やフライパンを持つのだって、ちょっとむずかしくて、
かなりお姉ちゃんに手助けをしてもらった。
お料理の味が美味しかったから、だいぶ救われました。


FPのお勉強や、こまかく整理するべきことを、
すこしずつ積み重ねていくぐらいしかできず、
ちょっとさみしくなって、ずっとzoozooseeを聴いていました。

怪我のタイミング、スタジオに参加できたあとで、本当によかったと思う。
甘えじゃなくて、こころの拠りどころになるものがあるのとないのでは、
まったくちがった療養期間になっていたと思います。

音楽があって、ほんとうによかった。


つづく。

2015年3月21日土曜日

3/21の、にっき。


療養中のことを記した、覚書。パート3。


・3/21 怪我から3日め

ものすご~~~く、ゆっくり過ごさせてもらいました。

元気なときなら、何もしなかった日は、
きっと「だらだらしてしまった…」って思って落ち込むんだろうな、と思ったり。

元気なときには感じないけれど、体が思うように動かせる、って、
こんなにありがたいことなんだなあと、感じました。

ヒマすぎて、姉にネイルを塗ってもらう。
去年の6月に北海道へ行ったときぶりなんじゃないかな?
飲食店で働いていると、なかなか爪のおしゃれは楽しめないので、
ちょっと小恥ずかしいながらも、新鮮で楽しかった。

いっしょに勉強したり、くだらないことで笑い合ったりして、
ほんとにのんびり過ごした一日でした。


のんびりしすぎて、あんまり記憶なし。
たまにはこういう日も、いいもんね。


つづく。

2015年3月20日金曜日

3/20の、にっき。


療養中のことを記した、覚書です。


・3/20 怪我翌日

寝返りを打つたびに痛みで目が覚めるので、ちょっと寝不足。
朝起きてしばらく寝つけず、すごくひさしぶりに、手記を書きました。

いろんなひとの夢をたくさん見て、感じたことが、
なにかいろんなことが、大きく変わっていくかもしれない、ということ。
そしその変化の予感を受信するアンテナを、しっかり磨いておこう、ということ。

いま、この状態になったことには、
なにか意味があるような気がしました。
ふしぎなことに、まったくネガティブな思想ではなかった。
むしろそんなふうに、後ろ向きな気持ちなんて、どこにも入る余地はなかった。

すべてのことを、わたしは、
もともと知っているんだと思った。
すごくふしぎな気持ちで、目が覚めたのでした。

気持ちの整理やけじめが必要で、残された時間は、あまりないこと。
それを知るための、いま、なんじゃないかと思いました。


転んだショックからの筋肉痛はましで、まだ体が動くほうだなと思った。
冗談抜きで寝たきりを覚悟していたので、安心しました。
じぶんのからだを、すこし頼もしく感じた。

地道にこまかいことを片付けて、お手紙を書いたり、パソコンのデータを整理したり。
やはり何をしてもしんどく感じることが多くて、わりと頻繁に寝ていました。
できることを探してやるよりも、やりたいことをやろう!と思って、
ずっとギターを弾いていました。

動けないストレスからか、ずっとおなかが空いて、なにかしらを食べ続けた一日でした。
週末までには歩けるようになって、恩師の展覧会を観に行けるといいな~、
まあ大丈夫でしょう~なんて、のんきに考えていたのでした。


つづく。

2015年3月19日木曜日

3/19の、にっき。


療養中のことを記した覚書です。


・3/19 怪我当日

職場で転んで、後頭部と腰を強打しました。

理由はちょっと、かなりお恥ずかしいのですが、
朝から雨が降っていて、お店の前で転んだ自転車に、
チャイルドシートが付いていたのが見えたので、
子供が乗っていたらたいへん!と思って、いそいで助けに行ったら、
急ぎすぎてじぶんが滑って逆に転んで助けてもらう、、
という事態になってしまいました。ほんとお笑いぐさです。

頭から血が出て、ちょっとだけパニックに。
レジを打てるひとがいないので、流血しながらレジを打っていたのですが、
目撃した人、怖かっただろうな…。笑
すぐにオーナーさんの奥さんや、次のシフトの方が駆けつけてくれました。

たまたま居候中の従姉妹が家にいて、
用事もあっただろうに、職場まで来てくれ、
いっしょに病院に付き添ってくれました。

ひとりで歩けないので、病院内で車椅子をおしてもらう。
あんなに、いたたまれない気持になるのは久しぶりでした。
CTを撮ってもらうのにも担当医の方(若くてイケメンだった…!やめてくれ…!)に
車椅子をおしてもらって、腰とかどうでもいいくらい、恥ずかしくて死にそうでした。

家に帰っても、ほぼ身動きが取れず、
寝た姿勢から起き上がるのも一苦労で、
どこかにつかまっていないとまともに歩けないくらいでした。

余談ですが、午睡をしたときの夢が、ものすごく印象的だった。
好きなひと(夢のなかではちがう人でした)の目の前で、
むかしの恋人にひどいことされる夢で、
悪夢すぎて、起きたときに、思わず「ウワッ…!」て言ってしまった…。笑
なんかいろいろ、混乱しているなあ、と苦笑い。

起き上がりたいけれど、腰が痛いし、
でもずっと寝ていても、体も痛くなってくるし、暇だしで、すこしいらいら。
息のつづくかぎり「暇、暇、暇、…」と何回言えるかという遊びをする。

安静にといわれて、安静にしている気質の人間じゃないので、
後頭部のたんこぶをひたすら冷やしながら、読みかけの本を読み終え、
湿布を貼りまくって寝ました。

人生ではじめて、おしりに3枚も湿布を貼った。


つづく。

2015年3月18日水曜日

手をとってこうだよ



こんなにもせつないのは、
なまぬるく降りしきる、春の雨のせいだろうか、
あのひとの残像に、恋をしているせいだろうか、
それとも、りゅうちゃんの、ZOOZOOSEEの、
すてきな曲たちのせいだろうか。


きのうは久しぶりに、ZOOZOOSEEのスタジオ練習に参加してきました。
ZOOZOOSEEは、ワニの音源やわにバンドのベーシストとしてもおなじみの、
前田のりゅうちゃんが主体となって結成されたバンドです。

りゅうちゃん、なんと、立ちボーカルなんだわさ。
ベースが、いちぢくぢる時代からお知り合いの、たいへーさん、
ギターも、じつはかなり昔からつながりのある、桜井さん、
そしてドラムは、りゅうちゃんの大親友の、高山さん。

以前ライブをさせてもらったときは、
ベースが、元・空きっ腹に酒などでご活躍されていた、りょうさん、
ドラムがたいへーさん、という編成でした。

わたしは、ワニをメインに音楽の活動をしていたので、
うまく時間を作れず、ずっとユーレイ部員として在籍させてもらっていて、
なかなかライブや練習にすら顔を出せなかったのですが、
きのうはほんと、久しぶりに復帰させてもらったのでした。


みんな、とてもあたたかく迎え入れてくれて、
すごくすごく、うれしかった。

ほんとうに、あったかかった。
スタジオに行くこと自体、去年の十二月以来だったので、
おおきな音を出すことにもすごく興奮したし、
当日もぎりぎりまで、とても緊張してどきどきしていたのだけれど、
心配だった喉もそこまで調子が悪くなくて。
(それでも煙草の煙ですこし痛んでいた、きょうが湿気多くてよかったです)

やっぱり、幾人かの人間がひとところに集まって、
せーので音を出す、おなじ音楽を奏でる、
そのパワーを全身で感じることができて、
とても幸福だと思いました。
こころから、楽しいと思えた。



音楽が、好きだと思えた。

音を出すことが、音を出してじぶんの気持ちを伝えることが、
とてもとても、好きだと思えた。

むかしから演奏している、大好きな曲にも、
その日その場所ではじめて触れ合った音たちにも、
自由に、そのときの想いをのせて、鍵盤をたたくこと、
じぶんの世界を、音にのせて、表現したいと思えたこと。


この体験を、いま、このときにさせてもらえて、
ほんとうによかったと、思っています。
たいせつなもの、わたしはまだ、きちんと持っていたよ。

ワニとはまた、違ったかたちで、
わたしを受け入れてくれる場所があったこと。
ほんとうに、ありがたいことだなと、思います。

ずっと待っていてくれて、ほんとうに、ありがとう。
繋いだ手を離さないでいてくれて、ほんとうに、ありがとう。


五月、いちど大阪へ戻ってくるときに、
ライブに参加させてもらえることになりました。

みんなといっしょに、ステージに立ちたいな。
音楽って、こんなにたのしいよ、って、
みんなといっしょに、表現したいです。

ああ、待ち遠しいな。
たのしみが、またひとつ、ふえました。


ZOOZOOSEEは、曲がほんとうによくて、大好きで、
みんなの演奏やりゅうちゃんの歌が、
わたしはすごく好きなのです。

こころのなかに誰もが持っている、すこしやわらかくて弱い部分に、
そっと寄り添ってくれて、でもぎゅっと、わしづかみにして、
「みんなみんな、よわくて、ひとりぽっちだよ、だから大丈夫、」
って、いっしょに泣いて、叫んでくれているような、
そんなせつない気持ちになる。

そして、わたし以外みんな男のひとばかりなんだけれど、
ふだんはわりと「ほわ~」ってしてる感じなのに、
演奏中は人が変わったみたいに、男のひとの色気がにじみ出て、
ものすごく恰好の良い音を出すものだから、
みんな、ずるいなあ、って思いながら、演奏しています。

そのなかでも、自由にさせてもらえて、とても有り難いです。
曲がいいから、なにやってもいいんだよね~。とか言ってみたり。

ああ、わたしはわたしなりに、
たのしいことに、夢中になっていよう。


そんな昨日でした。
きょうは雨にやられて、頭痛の一日だったけれど、
寝不足のわりには家事も炊事もがんばったかしら?
豚の生姜焼きを、とても美味しく作れるようになりました。


きみのことも、たいせつに、想っていますよ。
わたしは、わすれたり、しないよ。

ひたすら、買ってもらったのとおなじジュースを飲む!笑
まいにちたのしくて、いい感じ。ありがとう。





(なにげに、想いを伝えてしまっているかもしれない、という事実を認識して、
こっそり驚愕していますけれどね。)

それは、ぜひに、わすれていたい。笑


こんなはずかしいこと書いているのも、わすれちゃおー!笑


2015年3月15日日曜日

黄色いハンカチ



すごくひさしぶりに、パソコンちゃんを立ち上げてみました。
お姉ちゃんのWi-Fi、ばんざーい!

さいきんやっと、春の訪れを感じさせるような日差しがこぼれてきましたが、
みなさまいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
わたしは元気です。うそ、そんなことないな、からだは何だか不安定。
こころもすこしだけ、不安定。
季節の変わり目を満喫しています。

二月の終わりに従姉妹が居候にやってまいりました。
とにかくたのしい。女ばっかり4人は、人生初です。
まいにち腹筋がつりそうなくらい笑ったり、
他愛もないことをおしゃべりしたり、
たまに真面目なことを夜中まで話し合ったり。

とてもたいせつな日々、充実しています。
いましか過ごせない時間を、過ごさせてもらっている、という実感がある。

スイミングスクールのコーチをやっていて、
八年間ほぼ休みなしで働いて、
去年、これからはじぶんのほんとうにやりたいことのために生きる、と
決心をしてあたらしい一歩を踏み出そうとしている従姉妹。

姉もゆっくりですが、もとの顔色に戻ってきて、
だいぶ調子もよくなり、資格取得のために勉強をはじめたり、
相変わらず、お仕事帰りにお買い物をしてきてくれたり、
お風呂あがりにもかかわらずゴミ出しに行ってくれたり、
(先日はわたしの長期留守中に掃除機をかけてくれていた)
すこしずつ、家事にも参加してくれるようになってきました。

従姉妹は筋肉やからだのことに関する知識がすごくて、
ストレッチにヨガにマッサージにと、いろんなことを教えてくれるし、
姉も医療事務の仕事をしているので、
病気やお薬に関することをなんでも教えてくれたり。

なんていうか、みんなほんとうに尊敬できる、自慢の家族です。
好きすぎて毎日お弁当を作っているくらい。
まあでも、惚気ると長くなるから、またこんど。


あの、惚気ついでに、
前回のブログにも、ちょっと書いたのですが、
さいきん、気になっているひとと、
すこしだけ、仲良くさせてもらっています。
(わたしがそう、思っているだけかも、しれないけれど)

とてもよく笑うひとで、笑顔がすてきで、
わたしの知らないことを、たくさん知っていて。
やさしくて、恰好良くて、なんだか癒される、
おもしろくって、たのしいひと。

そのひとの世界に、触れてみたいなと、思ってしまったのです。
とてもうつくしい、言葉を紡ぐから。

いままでどうして、気付かなかったのかしらね。
けれどもう、その手に触れたときから、
わたしの世界は変わってしまった。

ほんとうに、出逢えてよかったなと、こころから思います。
いま、わたしのこころのなかには、たしかに彼がいる。
彼がいてくれることで、胸を焦がして、こころを燃やして、
きょうも生きつづけることが、できている。


でもきっと、彼は知らない。
わたしがかえりの電車で、なみだがとまらなかったこと。
そのわけは、わたしにもわからない。


ああ、今夜はだいぶ惚気たぞー。
(こう見えて恋バナ苦手だから、リアルでもこんなにのろけることないぞー)

逢えないのに、まいにち夢に出てくるから、せつなくて。
ありがとうを伝えて、ほんのすこしでいいから、声を聞きたい。

なにがあっても、ぜんぶ歌に還すから、ちっともこわくない、
なんて強がりも、云えるのは、いまだけなのでしょう。

とりあえず、きょうで一度リセットして、
わたしも5月にFP3級を受験しようと思っているので、
お勉強はじめなきゃー。
お片付けも、あともう一息だし、言ってるあいだに4月だし。

恋なんかに、うつつを抜かしている場合ではない!
(そしてもっとブログの更新頻度をあげるべきだ)
2月は1回しか書いてないぞー たるんどる!

ごめんなさーい!きょうはもう寝まーす。。




きょうは夢に出てこないでね。
胸が苦しい夜はもう、たくさんだよ。