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2016年3月18日金曜日

御自愛



夜がすこしずつ生ぬるい風を孕んで随分と息がしにくくなってきましたが、皆様如何お過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
真昼の日差しは思わず目を細めてしまうくらい強くて、目を閉じると、昼と夜のあいだ、冬と春のあいだにひとり取り残されたような気持ちになる。
そう感じるのは私だけだろうか。


きょうはちょっとしたお知らせ、です。
この文章を書く前に、さみしくなる報せを聴いたので、もしかしたらすこし、テンションが低いかもしれない。(文体が暗いのはいつものことかもしれない)

もうすでにご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、4月からしばらく、大阪を離れようと思っています。
理由はすべて話せないけれど、大阪を離れることが、これからの自分にとって、いちばん良い選択だと思ってるからです。

いつも突然、驚かせてごめんなさい。
また落ち着いたら戻ります。
zoozooseeの音源も作りたいし、ライブもセッションもまだまだチャレンジしたいし、だいすきな友人たちにも、すくすくと大きくなるその子供たちにも、これから生まれてくるあたらしい命にも、もっともっと、たくさん会いたい。

去ることになってから恋しく思うなんて、とんだ阿呆だとは思いますが、べつに一生の別れではないから、会いたいひとには、その時々で、きちんと会いに行こう、そして、行きたいところには、行けるときに、きちんと行っておこうと、あらためて、強く思っています。

そのためにも、一度からっぽになりたい。
離れることで見えてくるものがあるということは、去年一年間でよくよくわかっているつもりですが、いろんなものごとに、出会いなおすためにも、一度思い切って距離を置いてみようと思います。


なんだか自分でも不思議なんだけれど、この選択をしたときから、心がすとん、と、している。
まるで、あらかじめ決められていたことのような気持。
このあとどうやって生きていくかは、すべて自分次第、それもまた、なぜだかとても、たのしみなのです。(この、怖がりのわたしが!)

生まれ育った土地を離れて、これからのことを決めずに、呼ばれるほうへ、導かれるほうへ、見えない大きな力に身をゆだねて、こころの赴くままに。
いいな、と思ったほうへ、ただ、漂っていくのが、いまの自分にとっていちばん心地良いことのようです。

やりたいと思えばやればいいし、やりたくないと思えばやめればいい。
好きなものは好きでいいし、きらいなものはきらいでいい。
そして、自分のことは自分で決めて、自分で最後までやる、そんな当たり前のことを自分に教えるために、すこしだけ旅に出てきます。

またちょこちょこ、帰ってくると思います。
変わらずお相手してくださると、とてもよろこびます。


本当ならお世話になったひとたちや会いたいひとたち、ひとりひとりのお顔を見て、お礼を伝えたり、ゆっくりお話しをしたかったのだけれど、慌しくしていると時間をうまく作れずに日付だけが過ぎて行ってしまい、とても残念に思っています。
もしよかったら、三月最後の土曜日に身内で集まる機会があるので、こんな私なんぞの顔を見に来たいと言ってくださる酔狂な方(!)がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

こちらからお声かけさせてもらっている方もいるのですが、連絡がぜんぜん追い付かないので、取り敢えずのお知らせ。
ただ、知人のされているカフェスペースを特別に貸し切らせていただいているので、もしかしたら人数の都合などで、お越しいただけない場合もあるかも知れませんが、そのときは、また帰ってくるまで、どうぞ気長に待っていてくださるとうれしいです。

もともとはこんな大々的にするつもりはなく、自宅で無料のガレージセールのようなものをするつもりだったのですが、案外たくさんの方がご興味をもってくださり、狭い自宅では皆様にくつろいでもらえない、と思い、知人に相談させてもらって、今回特別に場所をお借りすることができました。

いつも無茶なお願いを快く引き受けてくださる、とてもやさしくてだいすきなお姉さんが営んでいらっしゃる、すてきなすてきなお店。
お茶など飲みながら、ゆっくりくつろいでいただけると幸いです。
職場の方々も駆けつけてくれるそうで、大好きなひとたちにあたたかく見守ってもらいながら、最後にこういった場を設けさせてもらえることを、ほんとうに有り難く、しあわせなことだと思います。

旅先に持っていけないものを無料で提供していますので、なにか気に入るものがありましたら、あたらしい命を吹き込んでやってくださるとうれしく思います。
お日にちが近いですが、もしお時間よろしかったら、お気軽にいらしてくださいませ。
(お時間や場所などの詳細は、ご連絡くださった際にお伝えいたします)


さてさて、きょうも長くなってしまいましたが、いつも最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
ふと、今年は、いままでよりも、たのしくなる一年のような気がしました。
どんなことがあっても、たのしめる、自分がいるから。
たのしくしよう、と、自分で決めたから。
それはとても、おおきなことだと思う。

きっと、どんな場所に行っても、誰と一緒に暮らしても、変わらないものがある。
だからいま、行けるときに、いろんなところへ行っておきたい。
できるときに、できることをやっておきたいと思う。

やりたいことも、たくさんある。会いたいひとも、たくさんいる。
遠くにも、近くにも、ずっと見てくれているひとが、たくさんいることも、知っている。

それがどんなにしあわせなことなのか。
最近やっと、雪が雨に変わるように、氷が解けて水になるように、すこしずつ、身に沁みてわかってきたような気がします。

まだまだ未熟ものの私ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
今月いっぱいはテ○ナのライブやら、ヒョッ○コのライブやら、前田○ゅうのお誕生日会やらで、その辺に出没する予定ですので、お見かけしましたらぜひ遊んでやってくださいね。(なぜ伏字)


それでは。また書きます。
ごきげんよう。




2016年2月21日日曜日

球根



きょうは気持ちが良いお天気でした。
お日さまからの日差しはだんだんと春のそれへ変化してきているのに、夜に吹く風の温度はまだすこし冷たくて気持ちが良い。
帰り道に通る公園のにおいに、春のにおいが混ざっていて、なぜだか胸が苦しくなりました。
(お昼間には右翼の方と警察がたくさんいて、なぜだか思わず笑ってしまったけれど)


最近、目覚ましをかけている時間より早くに自然と目覚めることが多くて、二度寝をせずにそのまま起きるようにしているのですが、だいたい6時半くらいに目が覚めるのに、いつの間にかすこしずつ早くなってきて、今朝はついに5時台に起き出してしまった…もはや、おばあちゃんだなあ…。
いつもは冬の朝が寒くて布団から出るのが苦手なのだけれど、今年は暖冬も手伝ってか、案外一度目覚めたらそのまますんなり起きられるのも、早起きが楽しい理由かもしれない。

きのうは一日じゅう、雨。
パン屋さんで働いている同僚の方のお家のガレージで、朝からお野菜市をすると教えてもらったので、家から歩いて40秒のお家へお邪魔しに行きました。
スーパーなどではなかなか見かけないような種類のお野菜や、いびつだけれど大きな大根、しっかりした葉がついているキャベツ、まだ土のにおいがするんじゃないか、と思えるほど、ワイルドでのびのび育てられたのが伝わる野菜たちが、とにかく、安い!!
ちいさくてかわいいじゃがいも、たくさん入って100円だったり。
いちばん小さなものを選んで買ったつもりの150円の水菜も、袋から出してみたら、わさ~っとして、あれ、食べきれるかしら…なんて思ったり。

こちらは、和歌山の農家さんが、毎週土曜日にお野菜を売りに来られているそうです。
場所は、らきせぶさんの、二件右隣のお家のガレージで、8時くらいから10時くらいまで、お店を出されているそうです。
まだ8時過ぎなのに続々と人が集まってきて、籠いっぱいに野菜を買っていく、買っていく…。
わたしも8時前に行ったのですが、その日はもうすこし早めからお店を出していたそうで、じゅうぶんたくさんの種類があったように思っただけれど、朝いちばんはもっともっといっぱいあったそうです。
次はもうすこし早く行ってみようかな~。


そして今朝は、歩いて30秒のところにある、FUKUのシフォンケーキという美味しいシフォンケーキ屋さんのモーニングを母と食べに行きました。
FUKUさんのつくるシフォンケーキは、平飼いの卵を使ったりと素材にもこだわっていらっしゃって、ふわっふわで美味しくて親子で大ファンなのですが、モーニングのお料理も、すっごく美味しかったです。


お店は一つのテーブルで6席、小さくてかわいくて、これまたかわいらしいお庭もあって、細かいところまで気を配られていて、久しぶりにゆっくりとくつろぐことのできる空間でした。
九か月の赤ちゃんを連れたご夫婦もいらっしゃっていて、まったりとお話しもさせてもらいつつ、母とこれからのことについて話したり。贅沢な朝のひとときを過ごさせてもらった。
ちかくにすてきなお店があるのって、いいですね、こじんまりとしている佇まいがまた、いいと思います。

FUKUさんのシフォンケーキ、いつもは木曜~日曜までテイクアウトをされていますが、日曜日の9時~11時だけ、モーニングをされているそうです。
選べるお飲み物も種類がたくさんあって、モーニングで飲むことのできる紅茶やハーブティーは、お店で販売もされています。
もちろんいつものシフォンケーキも、その季節ごとの素材をつかったラインナップがそろっていました。

場所は谷町六丁目の一番出口から歩いてすぐ。
味のある細い路地を通るとかわいらしいお店に辿り着けます。
もともとポコペンがあった場所、といえば、わかるかな?
ちなみに、何度か書いているかと思いますが、ワニのライブやイベント、美術会のときにも出させてもらっていたので、食べたことがあるひともいるかもしれないです。

ふんわり、もっちり、やわらか天使のシフォンケーキ。
もし谷町にいらっしゃることがあればぜひ買いに行ってください。
FUKUさんも、とてもすきな方です。

◎FUKUのシフォンケーキ
https://www.facebook.com/fuku29cake


あとから聞いたのだけれど、ご相席させていただいたご夫婦さんも、『整体と暮らしのギャラリー nara』というお店の方らしく、わたしはまだ行ったことがないのだけれど、難波宮跡公園のすぐ近くにあるみたいです。
谷町はまだまだ面白いところがあるなあ、今度ぜひ行ってみよう。


3/12~3/27までnaraさんで開催される、うつわの二人展。
このフライヤーのお料理も、FUKUさんの手作りだそうです。
めちゃめちゃおいしそう…!!


なにげに、19日のワニさん珈琲がきになります。笑
左側の作家さんのうつわは、FUKUさんのお店でも出されていて(モーニングのハーブティーのマグカップ)、とてもすてきでした。
引っ越し前で荷物あんまり増やしたくないけれど、かわいい…。


なんて、地域密着なこの数日でした。
お仕事もバタバタでとても忙しかったけれど、いろんな人に助けてもらいながら、なかなかたのしく過ごさせてもらっています。

そしてついに!パン屋さんのブログを開設するよ!!
…と思って、せこせこと作業していたんだけれど、意外と下準備がむずかしくて、さらにパソコンちゃんの作業効率も悪くて(冬だからかな?)、若干、心が折れかかっております。
公開はもうすこし先になりそうです。楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃったら、すみません。
そのかわり、あしたもパンパトロール(パン屋さんめぐりのことをそう名付けた)するし、内容はそこそこ充実したものになるんじゃないかな…??と、こっそり思っています。
来月中には公開したいです。乞うご期待。


一月、二月と、忙しいながらも、ひとつひとつ自分のペースで築いていったり、歩いていったりできるのは、自分の周りのひとたちのおかげさまだと、思っています。
直接そばにいるだけじゃなくって、遠くのひと、ご無沙汰してしまっているひと、もう会えないひとにも、いつも元気や勇気をもらっている。

でも、いちばんは。
いままで、いろんなことがあったけれど、それを乗り越えていまここに立っている自分が、いちばん、自分のことを、いちばんそばで応援している、そんな心持です。

じぶんが、じぶんの、相棒。
それってなんだか、いいなあと思う。

だってそれなら、どこにいたって、どこに行ったって、へいき。
これから、どんなことがあったって、へっちゃらだもんね。


たのしいこと、おもしろいこと。
見つけていこう、生み出していこう、わけあっていこう。
わたしはいま、ものすごーく、生きているのだなと。
毎日そう感じています。
そしてそれは、とてもとても、しあわせなことだと、有り難く受けとめている。

これほど情熱的になれる冬の終わりは、はじめてかもしれない。
春を待つ木の芽や、土の中の球根みたいな気持ち。


あなたにも、すてきな春が訪れますように。
季節の変わり目ですので、どうぞご自愛くださいね。

ではまた。



2016年2月18日木曜日

ぼくの街



先週は今年に入っていちばん忙しかった一週間だったのではないでしょうか。
無事に(個人的)バレンタインデーウイークが終わって、やっと一息ついているところ。
もうしばらく、甘いものは作りたくない…。(と言いつつ、来週末はラストスパートが待っている)

日差しがだんだんと暖かくなってきて、そろそろ冬も終わりかけのような気配がしますが、昨日の午後は大阪も雪が降っていてとても寒かった。
今年は雪を見ないまま冬が終わるのかと思ったのだけれど、最後の最後で会えてよかったと思います。


きのうはzoozooseeのスタジオでした。
久しぶりに甘くない差し入れを。はじめて作る、ほうれんそうのキッシュ。
土台のパイ生地がとても上手に出来たのでよかった。
余った材料で家族の分も作った。なかなか好評でうれしかったです。
バレンタインにプレゼントしたお菓子も美味しかったと言ってもらえました。よかよか。

練習は毎度毎度、とてもたのしい。なんなら、まいにちスタジオでもいいと思う。
最近ドラムを叩くのが楽しくて、お仕事帰りにスタジオに入っているという高山さん、この二週間ぐらいでさらにタイトなドラムになっていてすごかった。
櫻井さんはまだエフェクターが馴染んでいないみたいで、迷っている音がしていたれど、それでもギターソロはめちゃくちゃ恰好良くてずるいし、ちはるくんのベースラインも、どんどん動いて遊んできて、毎回あたらしい一面が見られるのがたのしい。
そして我らがボーカルのりゅうちゃんは、すこうしずつ、太ってきているようです。

わたしはちょっとここのところ練習不足、基礎練習よりも曲の練習をしなくちゃ。
zoozooseeのライブは来週末の2月28日、来てくださった人にはささやかですがお菓子をご用意しております。
扇町Para-diceで、出番は20時くらいからみたい。
どうぞお気軽に遊びに来てくださいね。
(その日みんなでライブ前に飲みに行くのもたのしみだ)


スタジオに行く前に、近くの電気屋さんへ腕時計のベルト交換に行きました。
いままであちこち見に回ってもあんまり気に入るものがなくて、延ばし延ばしにしていたけれど、電気屋さんなんていう思わぬところで発見できた。
時計自体は、母からもらった、すこし思い入れのあるものなのですが、新しいベルトが腕にも時計本体にもよく馴染んでいて、目に入るたびにしあわせな気持ちでいっぱいになります。
先週末、すこしがんばったごほうび。今月もあと半分、がんばろう。


なんだかんだで、ゆっくり、というか、自分のペースで、まいにち過ごさせてもらっています。
春を待つ木々の芽のように、すこしずつ、いろんなことが準備されていって、わたしはただ、導かれるままに、呼ばれるほうへ、前を向いて、歩いていくだけ。
肩の力を抜いて、やさしい気持ちで笑顔でいれば、心が自然と、必要なものを選んでくれるのだと、そう思っています。

こんなふうに毎日を過ごせるのが、ほんとうにうれしい。
いろんなことに、ありがとうを、そっと言いながら、好きな歌を口ずさみながら、過ごしていこうと思います。


きょうは短めだけれど、こんな感じー。
春になったら、はじめてひとりで、録音に挑みます。
やさしくて頼れるエンジニアさんが、とてもていねいにサポートしてくれて心強いです。

ほんとうに、善いひとたちに囲まれて、ありがたいことです。
甘えないように、じぶんの力で、やっていこう。


週末はついに、パンのブログを開設するよー
(ひさびさ泳ぎにも行きたい)

それもたのしみ、ほんと、たのしみがいっぱいでうれしいな。
それではまた、三日後に。


2016年2月9日火曜日

口内炎



ひさびさにできたニキビとともに、右上唇の裏側という大変難儀な場所に口内炎が出来てしまって、とても痛いです。
きょうは友人へ送るバレンタインのお菓子を作って、お手紙を書いた。
あしたもお菓子を焼く、あさっても職場の皆で集まってお菓子を焼く、しあさってもお菓子を焼いて送る。
しばらく部屋や髪や指先から、甘い匂いが消えなさそうです。
(そして甘いものを味見しすぎてニキビが悪化しそう)


きのうはふと目が覚めたら朝の五時過ぎで、いつもは八時くらいに起き出すのですが、そんな朝早くにもかかわらずなぜか眠たくなくて。
早起きと言えば散歩だろう、と、そのまま起きて、大阪城公園へ歩いて行きました。
道すがら、朝練なのか大学生と思わしき二人組が楽しそうに走って行ったので、わたしも真似して、ダウンジャケットにホワイトジーンズだったけれど、すこし走ってみました。
気温がだいぶ低くて息も真白だったけれど、朝日がとても気持ちよかった。

おかげできょうは筋肉痛、足の付け根と腰が痛いです。
やっぱり走るのはまだ、腰に大きい負担がかかるのかもしれない。
代わりに水泳があるから平気、あしたも調子がよければ泳ぎに行くつもりで今から楽しみです。


先週、とある女の子から連絡をいただいて、わたしがsoundcloudに載せている『きせつの通りみち』という曲を、自分のライブでカバーしたい、と言っていただきました。
一度、ワニのライブで岡山へ行ったときに、観に来てくれた女の子。
たくさん聴いてもらっていることを嬉しく思いながらも、作った本人があまり歌ってあげられていないなあと思って、曲に対してすこし申し訳なくなった。

今年はこの曲を、録音してあげたいと思っています。
もうすこし暖かくなってからですが、いまいちばん大好きな、音を作るひとにお願いしようと思っているところ。
この深い息のまま、のびのび歌えるといい。

そして、もしお好きな方がいらっしゃたら、この曲、自由に歌ってあげてください。
こちらに歌詞を載せています。

『きせつの通りみち』
歌詞
soundcloud(ラフ録の音源が試聴できます)

※もし人前で演奏されるなどするときは、いちおう、作曲者の名前だけでもひと言添えてくださると、とても有難いです。
(宣伝してほしいのではなく、著作権として、ですので、よろしくお願いいたします)


きちんとした音源ができたら、コードを載せたり、ギターを弾いているところの映像なんかも、シェアできるといいと思っています。
作った曲をかたちにするのはもちろん大切だけれど、かたちにしたものをライブで演奏したり、音源にしてお金をもらったり、という以外の、音楽を伝える方法について、すこし考えているところです。
楽しいことを思いついたら、ぜひ、一緒に遊んでくださるとうれしいです。


もう眠たくて限界、ほぼ目が閉じている。
今朝もなんだかんだで六時過ぎに自然に目が覚めた。

あしたは何時に目が覚めるのだろうね。たのしみ。



2016年2月3日水曜日

月とはりねずみ



あたらしい月になりました。
相変わらずまいにち寒い日が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

去年から割とほぼ毎日、夏以外の季節は湯たんぽのお世話になっています。
長年愛用して、この冬はカバーまで作った湯たんぽちゃんが先月水漏れを起こしてしまってご臨終となったので、母が持っていたAfternoonTeaの湯たんぽを使わせてもらっています。

ハリネズミのカバーに入っていて、使い始めのうち、ハリネズミにあまり思い入れもなく、ほんとはもう一種類ヒツジのカバーもあったのも知っていて、どちらかというとヒツジのほうが好きなので「チェッ、ハリネズミか…」という感じでクールに取り扱っていたのですが、一緒にいる時間が長いと絆されてしまう性格も手伝って、最近は「ハリー」と名前まで付けて会話するほど溺愛状態になってきました。

ちなみに、他にもキツネの顔の付いた帽子「コンちゃん」と、水色のクマの顔面がポーチになっている「クマちゃん」が家にいるので、新参者のハリーはみんなとも会話して遊んでいます。
みんな声のトーンが高いから、演じ分けが大変なんだよね~。

…ハッ、読んでくれている人たちの冷たい視線を感じる…。
イタすぎる三十路前ということは、うん、重々承知しているよ…。

お人形と話す癖(!)はそろそろ卒業したいな、と思っているんだけれど、案外身近にお人形を介して家族と会話する変態がいたり、その変態とお人形を介して会話したりしているので、なかなか癖が抜けないのです。(THE責任転嫁)
ワニのいる生活をやりはじめて、ワニちゃんと話すようになる前まではそんな癖なかったと思うんだけどなあ…。
おかしいな、私の人生どこで間違えた…。


さて、ハリー君(男の子なんかい!)の話は置いといて、もともと母親との二人暮らし、いまは姉も帰ってきて三人で暮らしているこの谷町の小さなお家。
私以外の二人がまあほんとに家事をしなくて、とくに掃除なんかは私7割、母2.5割、姉0.5割といった感じなのですが、先週から掃除をルーティンワークにしてみました。

具体的には、曜日ごとにどこを掃除するか割り振りを決める、という簡単なことで、たとえば月曜日は水回りと玄関に掃除機をかける、火曜日はコンロのお掃除、水曜日は廊下と自分の部屋に掃除機をかける・トイレのお掃除、みたいな感じ。

いままで、それを決めてしまうと、『決めたことができないストレス』に苛まれるんじゃないか、やらないといけないことをできていないことがプレッシャーになるんじゃないかと危惧して敢行できなかったのですが、いざ実践してみると、どうでしょう。
『決めたことができないストレス』よりも、『決めたことをクリアできたときの快感』のほうが上回って、今週も引き続き、実践しております。

これはちょっと、目からウロコだぞ。
大袈裟に言うなら、人生観が変わるほどの大発見のよう。
いままで勿体無いことしていたなあ、と思います。
それに加えて、自分の性格との付き合い方も、ちょっと、考え直すきっかけになりそうです。

去年に引き続いて、他人との関わりの中で自分に対する気付きや発見が沢山あって面白い。
ひとつずつ目を凝らしてよく見ていく、その中で、いままで出来なかったことができるようになったり、他人のことがよく見れたり。
気持ちの上での変化も、自分を観察しているととても楽しい。とくに人との付き合い方。
今年はどんどん、ひとりでもだいじょうぶ、な人になっていきたい。


どこかで耳にした、「ひとはひとりでは生きていけない」という言葉。
そのとおりだとは思うけれど、甘え合うだけの関係では、ふたりでも、生きていけなくなっちゃうときが、きっとくる。
自分の足で立つ、ということに関しては、まだまだ初心者だけれど。

きょうもある人とうまく意思疎通ができなかったんだけれど、いままでと違うアプローチをして接したら、きちんと話せてとてもよかったと思っています。
いままでの自分では出来なかったことだ。
成長かどうかはわからないけれど、いろんな術を知っておくことは、決して無駄ではないと思っています。
もっともっと、チャレンジしていかないとな~!!


そうそう、チャレンジつながりで、いま音楽の面でチャレンジしていること、ピアノのこと。
きのうもzoozooseeのスタジオ練習でした。
このあいだ飲みに行ったときにたくさん話したからか、みんなちょっと雰囲気が違っていたように感じた。

今回、ちはるくんのベースが炸裂していて、ものすごく良かった。
だんだん馴染んできて、手癖や好みが出てきたりで、きたきた~!!っていう感じ。
そういう、奥底に隠れている部分、もっと見たいし、もっと引き出したい。
(でもきっと彼はものすごくシャイなんだと思う)

使っていないエフェクターを持っていったんだけれど、それを子供みたいに試していろんな音で遊ぶ櫻井さんのギターも、光っていました。
高山さんも、りゅうちゃん曰く「はしゃいでた」感じがあって、途中で眼鏡が飛んで行っちゃうくらい荒々しかった。
わたしはちょっと、探り探り行き過ぎたかな?新曲に気合を入れすぎたかも。
みんなの調子がバッチリ合う日なんてないけれど、それもまた、五人の人間が集まって奏でているから出来ること、出せる音、表現できる音楽なのだと思って楽しませてもらっています。

はやくライブがしたくて、うずうずしている。
2月28日の日曜日は、是非、扇町Para-diceへお集まりあそばせ。
極上の、生の音楽をお届けいたしませう。
(テーマは色気、でいこうかな)


ああ、きょうもダラダラと書いていたら日を跨いでしまった。
パン屋さんめぐりのブログを開設しようと思って、いろんなひとの書くパン屋さんブログを読んでいたら、パン屋さんに行きたくなってブログどころじゃなくなっている、そんな二月のはじまりです。
今月は殊更お菓子作りに力をいれるイベントがあるからね、いまから二週間は寝ないつもりでがんばりまーす。

いつもしょうもないことばかり、だけれど、読んでくれてありがとう。
おやすみなさい!



2016年1月31日日曜日

てのひら



きのうはブログを書くのをすっかり忘れてしまい、一日遅れの更新です。

木曜日の、幼馴染みとのデートはたのしかった。
お天気が良かったので難波まで歩いて(きっかり三十分かかりました)、堀江でオムライスを食べて、いろんな雑貨屋さんやお洋服屋さんを見に行ったりしました。
D&DEPARTMENTという雑貨屋さんの二階、家具売り場の空間がすごく雰囲気が良くて、家具といっしょに民芸品が展示してあるのだけれどどれも素敵で欲しくなってしまいました。

最近、ちょっと民芸のものに興味がある。(毎月郵送されるORBISの会報も、ちょうど民芸の特集をしていた)
母が焼き物好きで家に鍋島やら古伊万里やらの本があるので、また時間を作ってみてみたいな。

久しぶりに会うお友だちと、他愛のないことから何から、ゆっくり話せて良かったです。
「過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる」っていう、すてきな言葉をおしえてもらった。
十年以上前の言葉も、たいせつに胸に持っていまを生きていけること。
とても素晴らしいことだと思いました。

次はオーブン陶土で箸置きを作る会を開催することになりました。
あたらしい試みについてはもうすこし調査が必要みたい。それもまたじっくり進めよう。


金曜日、とても恐ろしい夢を見て怖くて目が覚めた。
親しい人に暴力を振るってしまうような夢。
夢の内容に傷つくなんて久しぶり、しかも起きてすぐに思わず泣いてしまうほどの夢でした。
雨でしたが歩いて出掛けて、バレンタインのプレゼントを買いに行ったり、新作の下着を見に行ったりしました。
なかなか良いものが買えたんじゃないかなと思って満足しているところ。

職場に向かう、雨の日のバスが好きです。
とくに冬は、だんだんと曇っていく窓ガラスから外の景色を眺めるのが好き。
葉っぱがぜんぶ落ちてしまった木々、同じように曇った窓ガラスのバス、すこし寂しげな人気のない川べり、傘をさして寒そうに歩く人たち。
バスに乗っている人たちの会話を聞きながら本を読むのもたのしい。
日常の中の異空間、電車とはまた違う、同じ方向へ向かう、たくさんの人の人生。

『多くの人生はただの風景として通り過ぎ 触れてみてわかる温度に涙が出た』
という言葉を遺したのは、若かりし頃の君でした。
それにメロディをつけて遊んだりもしたなあ。
長い時間共歩んできてくれてありがとう、と、あんまり面と向かって言えないことをここで言ってみる。
これからもどうぞよろしくね。


土曜日は、たのしみにしていたプールに泳ぎに行きました。
前回泳ぎに行ったのから、たった一週間しか空いていないなんだけど、もう、ほんとたのしみでたのしみで。
たのしみ過ぎてこの前の日に、プールに行く夢を見てしまって、ちょっと夢の中で満足しちゃった節もありますが、朝から軽く体操をして(たのしみで予定より一時間早く起きた)今回は自転車でプールに行きました。

やー、ほんと、息が苦しくなるまで泳ぐ、というのは、滅茶苦茶気持ちのいいものですね。
今回は新しく発見があり、プールの奥にジャグジーが設置されていて自由に入れるということを知りました。
冷えた体をジャグジーで温めてまた泳いだり、泳いだ最後にジャグジーで体を温めてから着替えに行ったりと、いろんな使いかたができるそうで、わたしも休憩がてら、何度かお湯に浸かりに行きました。
ぶくぶくの泡が、疲れた体を癒してくれるようで気持ちよかったです。

今回は1時間半くらい泳げたかな。
途中、潜水してドルフィンキックするのにはまってしまって、息を止めるから肺活量も鍛えられるし、わかりやすく何メートルまで泳げる、という結果も伴うし、これはトライアルの価値ありです。
いまのところ、調子が良かったらプールの半分くらいまでは、息継ぎなしで潜って行けるようです。
連続で泳げる時間と共に、潜水の記録、伸ばしていきたいな。
結果は随時報告いたします。

体力の消耗が半端ないので、すこしお昼寝をしてから、夜はzoozooseeの新年会(飲み会)へ。
大好きな沖縄料理屋さんで、生姜ちゃんこ鍋のコース料理を食べに行きました。
もともと父方の祖父が鹿児島出身なこともあり、ゴーヤは小さい頃から慣れ親しんで口にしていたんだけれど、沖縄料理は数年前まではぜんぜん食べたことがなくて。
zoozooseeのボーカル・りゅうちゃんに教えてもらったお店がめちゃくちゃ美味しくて、ソーキそばが大好きになったんだよね。
そこからミミガーや海ぶどう、アロエのお刺身みたいな沖縄独特のお料理も好きになって、今回のお鍋もすごく美味しくて大満足でした。
いつか沖縄にも行ってみたいなー。めんそーれー。ゆいまーる。

たくさん食べて、たくさん飲んで、たくさん話して、とてもたのしかった。
新しいいのちが宿った身体で、櫻井さんの奥さんも来てくれて、エコーの写真だったり、結婚式の衣装合わせの写真だったりを見せてもらいました。
櫻井さん、ほんともう、しあわせそうで、溶けてなくなっちゃうんじゃないか、っていうくらいデレッデレの顔してるの!
そういう仲間の姿をすぐ近くで見られるのって、ほんとうれしいな、と思いながらお話を聞いていました。
いまはね、もうレモンくらいの大きさになっているそうで、ちいさな手が、ぴょこん、って、エコーに写っていました。

これからどんどん大きくなっていって、夏になったら会えるんだよね。
いのちって、ふしぎだなあ。
無事にこの世の中に生まれておいでね。
みんな、とってもたのしみに待っているよ!


バンドメンバーとゆっくり話す機会って案外なくって、お互いの好きな食べ物とか漫画とかキャラクターとか、いつも誰の音を聴いて演奏しているかとか、ほんといろんなことを話せてたのしかったです。
お酒もあるだろうけれど、みんなで惚気あうの、きらいじゃないよ。
みんなの好きなところは言い出すときりがないけれど、そのうちの少しだけでも伝わっていたらうれしいなと思います。
(酔っていい気分だったので、言ってもらったことはあんまり覚えていないのがちょっと残念)

でもやっぱり、音を出してのコミュニケーションが一番確かで、分かり合えると思うし、何より気持ちが良い。
リラックスして自分の出したい音が出せる、そういう仲間に恵まれて、ほんとうに有り難いです。
そして、そういう場所があること、そういう場所で音を奏でられること、身に余る幸せだと思います。

みんなにも、もっと知ってもらいたいな。
感情を突き動かされる、静かで激しい、そんな音楽。
桜重奏や、ワニとはまた違った、音楽での表現。
わたしにとってたいせつなたいせつな、表現の場所になりつつあります。


これ以上書くと惚気で私が溶けてなくなっちゃいそうになるから、きょうはここまで!
ほんとはお掃除ルーティーンのことも書きたかったんだけれど、また今度。

今夜も長々とありがとう。
おやすみなさい~




2016年1月24日日曜日

泅戯



一、
きのうは久しぶりに泳ぎに行きました。
水の感触と、全身を使っての運動がびっくりするくらい気持ちよくて、しばらくはまりそうです。
そのお蔭で筋肉痛が酷くて、昨日は死ぬほど眠った。
今朝は寒さも手伝ってなかなか起きれず、起きたら起きたで体中が痛いし、食欲も旺盛だし、満腹になったらなったで眠たいしで、ぼんやりな一日でした。
お仕事のミス率が上がっていないか心配。


二、
寒中見舞いの葉書の挿絵を描きました。
時間がなくて枠線の絵はコピーさせて貰ったんだけれど、色は一枚一枚塗りました。
椿に白雪の絵です。明日じゅうに、全部出せると思う。


三、

なんだか、
 一日ずれている感覚。
日曜日なのにお仕事に行くから分からなくなる。
暫く忙しい、あと二か月ほどはお休みが不定期だし不安定。

けれど、寒さには敗けていないつもり。


四、
そういえば、プールの帰りにまわり道をして、久しぶりに行くパン屋さんでパンを買いました。
最近ずっと食べくらべをしているクロワッサンと、米麹のフィセル。
どちらも美味しくて感動しました。どうしてパンって、こんなに美味しいんだろう?
夜はこれまた久しぶりに、大好物のたらこパスタを手作りしたんだけれど、高カロリーダメ!と思いながらもマヨネーズと青のり、すこしだけめんつゆをかけて食べたところ、もう、たまんない、死ぬほど美味しくて、たぶん、ここに存在しているわたしは、既に一度死んでるんじゃないかと思います。

成仏し損ねてまだ現世にいる亡霊ごっこ。
誰か付き合ってくれない?


五、
思いついたままに、ちょこちょこ詩のようなものを書いている。
お得意の、莫迦みたいな言葉遊びが歌詞を書くリハビリに丁度良くてとてもエキサイティングです。
歌になると良い。ならなくても別に良い。

お仕事からの帰り道、マスクとストールでぐるぐる巻きになっているその下で、適当なジャズのスキャットを大声で歌いながら自転車を漕ぐ。
寒さと体力のなさのお蔭で息が切れる。
『なにかとなにか』、『どこかとどこか』の際(きわ)まで行ってしまいたいのかもしれない。それもひとりきりで。

そんなことを思ったり、思わなかったりする、
一月の、いちばん寒い日です。
息は真白。

思うように歌えなくて悔しいから、きっとまだまだなんだと思う。


六、
チヨコレイトがあればある分だけ食べてしまう。
いつそチヨコレイトの海に溶けてしまいたい。

(そのしあわせの中で溺れて静かに死んでいきたい)


七、
好きなことを好きなようにしているひとに勇気を貰う。
自分と比べてしまったり、真似出来ない、と塞ぎ込むときもあるけれど、

そう、周りのひとが気になるときは、誰とも会わなくてよくてよ。
誰とも話さなくて、よくてよ。
大丈夫、ここには自分しか居ない。

わたしも、好きなことを好きなようにしようと思う。
その為には静寂が必要だ。
こんな風に言葉を紡げば紡ぐ分、確かに薄れていくものもあることを知っている。
ただ目的を持って為している事だから、矛盾を責めないでいようと思う。
(此れは此れである種の快楽を伴っているのです)

やれやれ、なんのこっちゃ。


八、

胃が重い。




九、
息が出来なくなって初めて、息をしていたことを思い出す。
呼吸ひとつひとつの深さを感じて、はじめて普段の呼吸の浅さを思い知る。

何もかも忘れるということ。
わたしでありながら、わたしでなくなるということ。
じぶんを識るために、じぶんを忘れるということ。

水の中で泳ぐということ。
そういうことかもしれない。


十、
ふと手にした、掃除の本だと思って読んだ本が面白かった。
フランス人の著者から見た、日本人の行動や風習や文化の描写が興味深かった。
禅寺で修行をされたこともあるそうで、禅宗の考え方も取り入れながら、掃除という行為そのものについて考え直すような内容でした。
具体的な掃除の方法も載っていて勉強になるので、もうすこし読み込みたいなと思う。

最近やっと、一冊の本を何度も読み返す習慣が出来てきました。
やはり一度読んだだけでは見落としている言葉や、理解できていない文章などが多いものなのだなあと、すこし反省。
でもそうなると、あんまりたくさんの本を読めなくなっちゃうよね。
それはそれで寂しいような気もする。
(最近猛烈に村上龍の『歌うクジラ』が読みたいんだけれどどういうことでしょうか)


十一、
やりたいことがまた増えてきた。欲張り。
塩素で肌が荒れ気味なのを如何にかしてからにしようね。



空白を恐れず、虚無を恐れず、変化を恐れず、自分自信を恐れず、
他人を恐れず、日常を恐れず、乖離を恐れず、永遠を恐れず、
孤独を恐れず、怠惰を恐れず、逸脱を恐れず、無我夢中を恐れず、
表現を恐れず、軋轢を恐れず、
とどのつまりは強く、強く在りたい。

強くなりたいと願うことと強く在りたいと願うことは、また別のお話し。



虎に喰われる夢を見た。
毎日楽しくて色々なことを忘れてしまいそうになる。

其れは其れで良いのだと思う。



2016年1月21日木曜日

航海



またまた前回のブログをさらっとお休みしてしまって、ほんとごめんなさい。
今回はちゃんと、体調不良というれっきとした理由があるので、どうぞゆるしてね。

三十年近く生きていてもまだまだ自分の身体はわからない部分が多くて、『冬が好きになる』というのと『冬に強くなる』というのはまったく別物なんだなあ、と身に沁みて感じた数日間でした。
つまり風邪をひいていました。

ちなみに、風邪の治し方はあんまりよくわからないけれど、最近やっと風邪の前兆には気付けるようになったぜ。ドヤー
(そこで食い止める方法さえわかれば完全勝利なんだけどなあ)


先週末は母の『いとこ会』に参加してきました。
朝から喉が猛烈に痛くて、これは行けないかも知れない…!と一時は絶望の淵に立たされたのですが、蜂蜜大根という無敵のアイテムに助けられて無事参加。
天候にも恵まれてぽかぽか陽気の中、奈良へ。

久しぶりに訪れた御所は、自然が近くて静かで、とても良いところでした。
昔ながらの田舎のおおきなお屋敷を改装して、木目の名残を残しつつ、床暖房を入れたりアイランドキッチンにしていたり天窓を付けていたりと、ビフォーアフターに出てきそうなとてもきれいなお家でした。
畑で作ったお野菜や果物(干し柿が美味しかった)をいただいたり、御所ですこし有名なお豆腐屋さんの豆乳を使った豆乳鍋をいただいたり。
自分で作った湯葉をすいーっとお箸で掬って食べるのが初体験で、しかもそれをお家で出来るということに感動しました。

お庭で飼っている大和肉鶏(ニワトリの種類)がその日の朝に産んだ卵を、卵かけご飯にしていただいたのだけれど、黄身がとても黄色くて、卵の味がものすごく強くて美味しかった。
この卵でお菓子を作ったらどんなに美味しいだろう…!と思わず思いました。

祖母とその妹さん、八十代のおばあちゃん同士の会話が面白くて楽しかった。
母の従姉妹の皆様もみんな優しくて、もうお孫さんがいらっしゃる方もいて写真や動画を見せてもらったりして、女系家族なのでしゃべりっぱなしの賑やかなのをずっと聞いて楽しみました。
お菓子も喜んでもらえてうれしかった。
久しぶりに大人の人たちとゆっくり会話をして過ごしたような気がします。


その次の日から体調を崩してしまって、母と姉にいろいろ助けてもらったんだけれど、一人暮らしだったら完璧救急車だったなあ、と反省しています。
もうちょっと自分の身体のこと、しっかり知っておかなくちゃ、と思いました。

それにしても、前回の日記に「身体も心も一度ご破算すると良い」と書いたら、ほんとうにその通りになって、なんていうか、体の不調は本当につらかったけれど、結果オーライだな、と。
すこしだけ、よろこんでいる自分がいます。

ちょうど、御所のお家の近くにある高鴨神社に連れて行ってもらって、おみくじをひいたとき、
“冷静に物事を見られないとき。一歩引いた目線で見回せば落ち着きを取り戻せる。新しい発見ができるかも。多くを望まず、今を大切に”
という結果が出て、この数日間身体が動かない状態でいろいろと削ぎ落とされて、以前よりもシンプルな気持ちで物事を見ることができているように思います。


そして今日、お仕事が終わって家に帰ったとき、母が先に帰っていて出迎えてくれたのだけれど、玄関で靴を脱ぎながら、台所仕事をしている母の姿を見て、「いま、どんな風景でも、どんな人間でも、良いものでも悪いものでも、この二つの目をしっかり開いて、しっかり見ていよう」と、強く思いました。

すべての物事は日々、変わってゆく。
昨日と同じ今日なんてない。
家族の姿も、いつか見られなくなる時が、かならずやって来る。
この目も、いつかかならず、見えなくなる時が来る。

当たり前のことなんだけれど、
このことを、まいにち、胸に抱いて生きていようと思いました。


ほんと、まいにち、いろんなことを想わせてもらって、感じさせてもらって、気付かせてもらっています。
何の変哲もないように見える日々だけれど、今日も生かしてもらって、
そして無事に、今日も一日を終えようとしている。
こんなに有り難いことって、ないなあ、と、思います。

なあんて、ちょっと大袈裟かもしれないけれどね~。
それでも、わたしには、いまのわたしには、とくべつ、たいせつなことのように思います。

人生って、ふしぎだね。
ちゃんと神さまはいつも見ていてくれて、
その時々に、必要な出来事や、必要な人を、与えてくれているんだね。

いま、ここにいるのも、ちゃんと理由があるんだね。
あなたに出会えたのも、あなたとさよならをしたのも、ちゃんと与えられたことなんだね。

よかったね、あしたもがんばろうね。


というか個人的には、従姉妹からもらった可愛い水着で早く泳ぎに行きたい!っていう気持ちでいっぱいです。
ただ、胸のパッドが付いていないから、みんなバストトップをどうしているのかが疑問。
(競泳出身の従姉妹は、ありの~ままの~姿みせるのよ~♪だそうです)

私は初心者だし恥ずかしいので、絆創膏を貼ろうと思っています。
体力のなさが見物。わくわく。


あしたは誰かを笑顔にできるかな。

そこに自分が含まれていることも知っているから、
せめて自分は、いつでも笑っていようと思う。





2016年1月15日金曜日

GOHASAN



ただいま部屋じゅう、いや、家じゅうに、あまい香りが漂っています。
キウイとアーモンドのパウンドケーキ、最近お気に入りのブールドネージュ、そしていまはりんごのマフィンを焼いているところ。
今週はとくに、たくさんお菓子作ってるなあ…。
オーブンさんの仕事量、半端ないです。いつもありがとう。

三日前のブログ更新をしれっとサボ…お休みしたことには目をつぶってもらうことにして、いよいよ一年でいちばん寒い時期に突入しかけておりますが、皆様お元気していらっしゃいますでしょうか?
(言い訳をすると、zoozooseeのスタジオがあって夜遅くなっちゃったんだよね~)

わたしは今朝から、背後霊よろしくぴったり背中にくっついている風邪の気配を感じつつ、のどの痛みと連発するくしゃみに負けじと必死です。
十一月に風邪ひいたばっかりなのに…くやしい…っくしゅーーーんん!!!

きょうは職場でうれしい出来事がありました。
先月、データ入力のミス率が一番低かったとのことで、なんと表彰していただきましたー。
おまけに先々月に引き続き、入力速度も上位に入っているらしく、俄然やる気が出ている私です。
プレゼントで、かわいい虎のイラストが描かれた缶に入った飴をいただいたのも、生まれが寅年なのでちょっぴりうれしいです。
(もしかしてそれも調べて買ってきてくれたのかな)

あしたは母親のいとこ達が集まる『いとこ会』なるものに、私も参加させてもらうことになり、そのための差し入れに一日じゅうお菓子を焼いていたのでした。
奈良県の山奥に行けるそうです。
久しぶりに自然の多いところへ出掛けられるのがうれしい。
(風邪が酷くならないといいネ)


さて。
君への気持ちは一旦、ご破算することにしました。
いまのわたしがわたしらしくないということは、こんなわたしに付き合う君を、君らしく、なくしてしまっているのだろう。わたしが、この手で。
そんなことはもってのほかなのにね。

いいんだ、君が自由に、好きなことして、元気に生きてさえいてくれたら。
生きてさえ、いてくれたら。それだけで良い。

ただ、自分の気持ちを、持て余してしまっているだけ。
これくらい、自分でどうにかするから、気に掛けないでほしい。
色々と慣れないことを一遍に熟そうとするから、すこうし無理が出ているだけです。
(一度熱でも出して寝込んで、心身諸共ご破算すれば良い)


家族と暮らして、君のこと、自分のことがよく分かるようになってきました。
他人に教えてもらってばかりいる。自分の内側にいろいろなものを、どんどん溜め込んでいる。
いつ噴火するのだろう、いつ爆発するのだろう、とてもたのしみであります。

行き場のない想いや気持ちが、マグマのように煮え立っている。
寒い寒い冬だから、丁度良いや。


それにしても、この時間におなか空くの、どうにかならないかな?
何日か前まではコントロールできてたのになあ。

(きょうばかりは、お菓子が焼ける匂いのせいにしておこう)


疲れすぎて散文駄文。また三日後~


2016年1月9日土曜日

フィラデルフィア



ちょっとすてきな本に出会えたので、興奮を抑えつつ、ゆっくり、ゆっくり、噛みしめるように読んでいます。
中川ちえさんの、『むだを省く 暮らしのものさし』というエッセイ。
ちょうどいまのわたしが歩いていきたい方向の生き方をされていて、それを丁寧な言葉でしたためていらっしゃいます。

いつも思うのだけれど、そのときそのときで手に取った本は、そのときの自分に合ったものだったり、ヒントになる内容が隠されていたりして、不思議なご縁を感じます。
今回は欲張って七冊も本を借りた。
すてきなお洋服を買ったり、美味しいものを食べたりすることに匹敵するくらい、図書館はこころを元気にしてくれます。
すてきな本に出会えた瞬間の、わくわくした感じ。
いつまで経っても褪せない気持ちです。

お正月から一週間ほど経って、年賀状のお返事をたくさんいただきました。
今年は手描きのイラストのものが多くて、色えんぴつでやさしく描かれていたり、ペンで鮮やかに描かれていたり、版画のものもあったり、お子さんのお写真が載っているものだったり、新年からほっこりと楽しませてもらっています。
わたしも元旦が過ぎてから送ったりと、毎年毎年ずぼらなほうですが、今年は年賀状デザインコンテストがあれば応募したいと思えるくらい自信があって、手前味噌ですが可愛いオサルさんのイラストに向かって、かわいい、かわいいと言いながら書いていました。

みんなお忙しいなか、時間を割いてくれてありがとう。
遠くのお友だちも、また会いたいなと思っています。
今年はまわりが続々と結婚していくから、どうしようかと思うけれど、すくなくなっていく独身の輪でさらに結束を固めて、まだまだ遊んでくれるととてもうれしい。笑

昨日は、zoozooseeというキーボードで参加させてもらっているバンドの、スタジオ初めでした。
ギターの櫻井さんが不在で、ドラム、ベース、キーボードとボーカルという4人で、セッションをしたり、あたらしい曲にチャレンジしたりしました。
ラテンフュージョンのような、早いテンポのジャズをベースにした曲で、テクニックと持久力が必要とされる、とても難しい曲です。
上原ひろみというピアニストのことを教えてもらった。
たまたまスタジオに行くまえ、恒例の差し入れのお菓子を作っているときに、だいすきなCHICK COREAを聴いていたので、イメージは膨らみやすくて良かった。

いつものような手癖だけでなんとかしようとせずに、はっきりとしたテーマを効果的に入れていけるといいな、と思っています。
フレーズもリズムもまだまだ研究中。(いまも聴いている)
基礎練習をしないことには弾きたいメロディ通りに指が動かない…。
(それでも日々のデータ入力のお仕事のおかげで、細かい動きは出来るようになっているけれど、指のまわらないこと!)
練習の成果を披露することができるかどうかは、2月28日、扇町パラダイスでのライブを是非観に来てくださいね。
…よし、いい感じで告知したぞ。

お菓子は今回、ちょっと手抜き、というか、5日の新年会のときに仕込んでいたブールドネージュと、りんごのタルトを作ったときに余ったタルト生地を型抜きして焼いたクッキーに手作りのカスタードクリームとキウイのジャムをサンドした、創作おやつでした。
そうだなあ、こんなにアレンジしたものだと、お菓子というよりは、おやつ、という言葉が似合う。
いつもおいしそうに食べてくれて、そしてあたらしいお菓子づくりの実験台になってくれているメンバーに、毎回感謝です。

ブールドネージュは年末に初めて作って「おいしい!」とご好評いただいたのと、作り方がとっても簡単なので、最近、機会をみては作るようにしています。
5日に作ったりんごタルトは初めてチャレンジしましたが、もっと経験を積まないと、うまく焼けないかもしれない。

今年はいろんな種類のお菓子を作るよりも、ひとつのレシピを自分のものにするまで作り込む、じぶんのレシピを作って、じぶん味のお菓子を作れるようになる、というのが目標です。
もちろん、気になるものはそのときどきでチャレンジもしていくと思いますが、ジャムをくつくつ煮込みながら、「やったことがある」のと、「できるようになる」というのには、雲泥の差があるのだなと気付いて、お料理でもピアノでも何でも、じぶんのものにする、ということに着目していきたい。

日々のなかで、なんとなく、なにかをわかりかけている、つかみかけている。
この感覚を、大切にしたい、と思っています。
ジャムや大好きなミートソースをつくるときのように、たっぷりのおいしい果汁や煮汁を、じぶんのなかに、煮戻していく感じ。
くつくつ、くつくつ、ゆっくりと時間をかけて、いままで手にしたものや出会えたものを、知識として、経験として、じぶんのなかに蓄えていく感じ。

それができるようになるのは、いま、これからしかない、と。
そしてそれが、わたしにとって、理想の三十代の、生き方なのかな、とも、すこし思います。

なんとなく行きたい方向が見えてきて、すとんと落ち着いた、そんな気持ちです。
大きなものごとにとらわれすぎないように、積み重ねることを、大切に。
そのように、丁寧に生きることができると、じぶんを信じている。


たまに胸がくるしくなるのは、何かを食べすぎているのだと、思うことにしています。
ポテチだったり、朝ごはんだったり、誰かさんへの想いだったり。
昔のように相手に想いをぶつけたり、受けとめてほしい、と思うことはすくなくなってきたけれど、ただ、無性に、じぶんの気持ちを持て余すことがある。

そういうときに、ちゃんと、わたしの表現はわたしを待ってくれている。
そう、信じています。
じぶんさえ、じぶんにまっすぐに生きていればいい。
最近はそのように、すこしずつ、自己完結ができるようになってきました。

このままの、いい感じで毎日過ごせるといいね。
毎日がたのしいのは、ほんとうに、うれしいことです。
いつもいつも、まわりに生かされている。
ほんとうに、ありがとう。


美味しいパン屋さんのレポートはまた今度!
(パンのブログを作ろうかと考え中…。)


2015年12月8日火曜日

epitaph


今夜は冷たい夜ですが、皆様お元気でしょうか?
何回か地味におサボりしてしまった。
もし楽しみに(?)してくださっている方がいらっしゃったらとても申し訳ないです。

先週から東京に来ていて、その準備やら何やらでばたばたしていました。
今日で五日めかな?たのしいし、たのしいです。はい。

今回は春に比べると滞在は十日ほどなので、会いたいひとすべてに会うことができなくてとても残念なんだけれど、春にはできなかったことをしたり、お家のひとのおかげでいろんな経験をさせてもらったりも、しています。
詳しく書きたいけれど、きょうはちょっと気分が乗らないのでまたの機会に。
(なんとなくだるかったので出掛ける予定をなしにして、お昼寝したり近所に買いものに行ったりしていたんだけれど、さっき大量の段ボールと戦ってきたのでお疲れなのです)
明日は資源ゴミの日です。気合いいれていこう。

春には必死に上っていった四ツ谷駅への坂道も、いまは元気に歩いてお買いものに行けるし、青山や表参道までだって歩いていけるほど、身体が回復したんだなあと、とても感慨深く日々を過ごしています。
(どうだ四ツ谷って都会だろ、と家のひとにドヤ顔されましたが、ほんとそう思うよ)

たったの半年間のあいだに、たくさんのことがあって、また、わたしもたくさんの部分が変わっていったと、そう思います。
なにより、変わっていくことを、恐れなくなったことが大きいなと思う。
まだまだ未熟な部分もありますが、引き続き、どんどん死んで、生まれ変わっていこうと思います。


今夜はいまからご飯の用意なので手短に。
あー、キングクリムゾンのライブ、うらやましかったなー!!


2015年11月24日火曜日

零余子



前回のブログ、おサボりしちゃってごめんなさい。
変な人に絡まれて警察沙汰になって精神的に参っていたのと、週末にライブがあったのが重なってしまって、一回お休みさせてもらいましたー。
思い返せば、病み上がりの割に、なかなかハードな数日間だったなあ。


変な人の件は、周囲に報告をして説明し飽きたので割愛しますが、なんと驚くことに、この文章を書いているこの瞬間も、隣のマンションで騒ぎを起こして警察が来ているみたいです。
言い争いの声も続いています。あ、いまやっと落ち着いたかな?

直接変なことをされたり、暴力を振るわれたりした訳じゃないんだけれど、「クスリやってるやろ」だのなんだの、あることないこと言われたりして非常に怖かったです。
結局のところは、精神疾患を持っている方だったらしくて、あまり相手にしないほうがいい、と言われました。
いまもだけれど、しょっちゅう、同じマンションの他の人とも喧嘩したりしてるのかな?絡まれた数日前も、真夜中に警察が来ていたし、毎日のように、言い争う声が聞こえている。
電磁波が飛ぶから、お家のブレーカーを落としてるんだって。


いろんな人にこの話を聞いてもらって、逆にもっと怖い思いをした話を聞かせてもらったりして恐怖も薄れ、ちょっとずつ落ち着きました。
そういう人と向き合って、傷つけられた人も身近にいるということを、忘れてはいけない。

そしてこの件については、ただ怖い目に遭ったというだけで済まされない、いろんな物事の見解を示唆されているような気がして、深く考えすぎてしまいそうになっていたんだけれど。
敢えて、ただ怖い目に遭った、それだけで済ませてしまおうと思います。
そう思うことで、楽になれるのなら、そう思っていよう、と。

もう、必要以上に深刻に考えるのはよそうと思う。
そこから何が生まれる?過去は変えられる?
答えはノーだ。
変えられることができるのはただひとつ、過去と向き合う、いまの自分だけ。
だから屈しない。つらい気持ちにも、いやな考え方にも。

終わったことは、終わったことだから。
いまの私には、未来が待っているから。
そうやって、何度も何度も自分自身につよく言い聞かせないと、ほんとうに、急に、わーっと、叫びだしたくなるときがある。

そういうとき、みんなどうしているんだろうね?
ちなみに私は今日、お仕事をしながら攻略法を思いつきました。

とりあえず、叫びだしたくなるようなときは、頭の中で、思い切り叫んでみましょう。
でも、それにはコツがあって、わー、って叫ぶんじゃなくて、ガオー、とか、パオーン、とか、ニャオー、とか、動物の鳴き声で叫びます。
ほかにも、ピョリー、とか、ギョヘー、とか、ピギャー、とか、ちょっとコミカルな感じの叫び声を、作り出してみる。

そうすると、いやな気持ちになって叫びだしたくなったはずなのに、なんだかちょっぴり、なごみます。
これは、とても平和で、いいと思う。

そして、わー、っとなった日は、美味しいものを食べたり、好きな音楽を聴いたり、ゆっくりお風呂に入ったり、いい匂いのキャンドルを焚いたりして、ちょっぴり自分を甘やかしましょう。
眠る前には、大好きなひとたちのことを考えましょう。
ちょっと恥ずかしいけど、お人形と一緒に眠るのも、いいかも。

なんだかメルヘンな結末になってしまったけれど、自分が心地よく落ち着くこと、自分が好きなことを知っておくことって、すごく大事なんじゃないかな?と思いました。

あと、悪いイメージに引き込まれそうになったときに、「大丈夫!私はこれくらいじゃ負けない!」って、自分を信じることも、すごく大事な気がします。
なかなか、ひとつのことを思い続けるのは、難しいんだけれど。
紙に書いて目に見えるところに貼ったり、何度も何度も思い返すことは、ほんとうに大事。

誰でも一瞬は、明るい気持ちになったり、前向きになったり、するものだけれど、明るい気持ちでいつづけたり、前向きでいつづけることは、ものすごーく、むずかしい。
暗い気持ちになったり、後ろ向きになるのは、こんなにもラクチンなのにね。笑


でも、ここで負けちゃいけないんです。
ぜったいに、負けちゃいけない。
それは出会ったすべての人たちや、すべての物事への最大の冒涜だと思っている。
生きて生きて、生き続けるんです。
精神異常になろうと、どんなに大切なひとを失おうと。

西村っちのことを想ったら、ぜったいに、生きていたほうがいいと思った。
毎朝、何のためにお線香上げてるんだろう。

しっかりするんだよ、じぶん。
こんなもんじゃ、ないでしょう?



ですってさ。
思ったより内省的な内容になってしまった…。
こんなの誰が喜ぶんだ…。

あ、zoozooseeのライブ、とっても楽しかったです。
寒いのにたくさんの人が観に来てくださって、そして久しぶりにお会いできる人ばかりで、とてもとてもうれしかったです。

ワニのときから応援してくださって、ライブにも何度も足を運んでくださっている職場の先輩から、「アンタ途中で息切れてたやろ」という鋭い指摘を受け、体力の低下を嘆きつつ、演奏を安定させるために、あんなに、あんなに、座って弾こうと思っていたのに。
やっぱり途中で(ほぼ最初から)立って演奏してしまった。

だって楽しかったんだもーん。
まったくのお耳汚しをしてしまって、申し訳ありませんでした。

でも、死ぬほど気持ちよかった。
暗闇のなかで他のメンバーと目が合うのが心地よかったし、音圧が生み出す、形容しがたい迫力とパワーが堪らなかった。
一曲が二時間のセックスにも負けず劣らずの気持ちよさ(と体力の消耗さ)。
六曲やったから、出来れば、息切れもゆるしてほしいです。

つぎは来年の2月28日に、扇町パラダイスというところでライブが決まっています。
4人でも、ステージに納まるのがやっとの狭さなのに、5人で、しかもキーボードもあるよ…だいじょうぶかしら。


今週も楽しみなことが盛りだくさん、金土日と遊びまくりまーす!
そうしていたらあっという間に楽しみな十二月。
わざと、楽しみにしないようにしている。
なーんてね!


急に寒さが厳しくなってきたので、皆様もどうぞご自愛ください。


2015年11月18日水曜日

ノルウェイの森



・風邪のこと

すっかり風邪をこじらせています。
きょうは冷たい雨、いまも夜が深まるにつれて冷えが忍び寄って、
饂飩であたたまった身体が敗けそうになる。
おまけに姉にまでウィルスが猛威を振るっているようで、咽喉の痛みを訴えつつ、
「低い声出る~!!」と嬉々としてゴスペラーズの低音担当・北山さんの真似をして遊んでいます。元気。

わたしは一年に一度くらいしか風邪をひかないので、どうもいまひとつ風邪の治し方、というものがわからないまま三十年近く生きています。
風邪をひくと長引かせてしまうのも特徴です。
りゅうちゃんなんて、身体が弱くてしょっちゅう風邪をひいているのに、すぐに治るというのが不思議でたまらない。
とにかく週末のライブまでには何とか調子を戻したいと思います。


・ライブのこと

今週末、11月21日の土曜日は難波ベアーズでライブです。
zoozooseeという、キーボードで参加させてもらっているバンド。
今回はベースがちはるくんになってからはじめてのライブになります。
ひさしぶりに、もすボード(ワニでずっと使わせてもらっていた、もすちゃんのキーボード)を弾けるのがうれしい。
ベアーズのみなさまにもお会いできるのがうれしい。
暗闇のなか、どんな風景に出会えるのか、とてもたのしみです。

もしご興味ありましたら、ぜひ遊びに、会いにきてやってくださいね。
出番は20時以降になるかと思います。
よろしくお願いします。


・ひとに会うこと

思わぬところで、会いたかったひとにお会いすることができました。
ライブをしなくなってから会えなくなったひとがあまりにもたくさんいて、時々、懐かしく恋しく思っています。
みんな、どうしているのかな、お元気にしているのかな、と、遠くの友だちを想うように。

でも、正直にいうと、どういう距離感で接すればいいのか、わからなくて戸惑っている部分が大きい。
プライベートでお会いしたいな、と思うこともあるけれど、すべてのひとたちとそういうことが出来るわけではないし、へんな部分でシャイなので、勇気がなかったり、ステージに立っていない人間がそんなふうに接するなんて失礼かなと思ったりで、この一年はこちらから積極的に連絡をとることはなかったのですが。
きょう、ワニを応援してくださっていた方とすこしお話をさせてもらって、プライベートでも、遊びに行きましょう、と言ってくださって、とてもうれしかったです。

今年は自分のことに集中しすぎて、あまりきちんと気持ちを伝える機会がなかったけれど、応援してくださったみなさまにいただいたものは、いつでも胸にたくさん秘めています。
いただいたものを大切に使わせてもらったり、いただいたお手紙を読み返したりして、いつも元気をもらっています。
触れるだけで、こころがとてもあたたかくなる。

そういった、いただいたもの、してもらったこと、たくさんの笑顔の記憶は、これから先、一生なくなるものじゃないと信じています。
ほんとうにたくさんのことがありました。
音楽の活動を通して出会えたひとたちと、共有できた時間や感情や、残すことのできた作品、行った場所や目にした景色、起こったさまざまなこと。

それらすべてを、そしてそのときの自分を、ただありのままに、受け入れて、認めること。
はっきりと気持ちに整理をつけること。
それが出来ないと、次に進めない、と思っていたのですが、最近はそうでもないのかもしれない、と、思い始めています。

次に進むのではなくて、もう、たぶん、次に進んでいる。
そして次に進むことは、過去にさよならをすることではなくて、過去にさよならをするということからも、さよならをすること。
自由になりたいと思うこころからも、自由になること。
なんとなく、そう感じています。

だからって、どこに行きたいとか、どうしたいとかは、まだちょっとはっきりできない。
冬だけど、からだを固くさせすぎずに、自分で自分にOKを出す、ということにも、もうすこしだけ、慣れて行きたいです。


最近読んだ村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』から、じぶんのこころにすとん、と落ちてくる一文があったのでいあったので引用します。

「ねえ、つくる、私たちが私たちであったことは決して無駄ではなかったんだよ」

誰に対しても、何に対しても、いまこの時間に対しても。
いちばんは、自分に対して、そういう気持ちでいたいと思う。


なんとなく暗くなってしまったのは、冷たい雨と、村上春樹のせいにしておこう。
ところで上巻の三分の二まで読んで、ぜったい読んだことあると思うんだけれど、結末が思い出せない…。
そして下巻の読み始めは読んだ覚えがないという不思議。

はやく最後まで読みたい。
(編み物もしたいし誕生日プレゼントも買いに行きたい)

はやく風邪が治りますように。
みなさまもどうぞお気をつけて。


2015年11月9日月曜日

告白



きょうはとても生ぬるい感触の空気で、なんだかまだ秋の終わりのような、春のはじまりのような、冬なんて知らんぷりして季節が通り過ぎてしまったような、そんな気候でした。
雨もまるで冬に降る雨とは思えないほどやさしい温度で、不思議な心持になった。

あちこち探しまわって、沢山悩んだ甲斐もあり、やっとこさ靴を買いました。
①たくさん歩けて
②素材が良くて
③長年飽きないデザインのもの
という、我儘満載な条件をすべてクリアした革靴。
悩みに悩んだ甲斐あって、とても可愛く思っている。はやくソールを貼り付けて、外に出たい。
今夜は枕元に置いて一緒に眠りたいと思います。

靴は気に入るものを見付けるのにいつも非常に苦労するんだけれど、気に入ったら割と長い間履くほうだと思います。
冬支度のために出してきた黒い革のロングブーツも、もうかれこれ七、八年近く履いている。
あの時も買うまでにうんうん悩んだなあ。

下北沢に住む友人宅に泊めてもらったときに、革のお手入れの方法を教えてもらってから、革製品を育てることが楽しくなって、シーズンの初めと終わりはわくわくしながらお手入れをしています。
何年かして靴底と生地の間が剥がれてきてしまって、毎年修理をしながら履いているけれど、さすがにそろそろ底がすり減ってきました。
だいぶ革も伸びてきたし、すこしひび割れが気になるので、ブーツも二代目を探してもいいかもしれない。

たくさん思い出の染み込んだ大切なブーツなので、限界まで履き潰したい。
まだもうすこし、一緒にいろんなところに行こうね。


数日前に、云わなくてもいいことを人に云ってしまって、すごく落ち込んだ。
ちょうど昔描いた絵や日記やなんやらを片付けていて、なんとなく目を通していたら、ちょうど十年前の日記が出てきて、その頃となんにも変っていない気がして悲しくなった。
あそこまで無茶苦茶じゃないとは思うけれど、同じことをいつまで繰り返すのだろう、と。

本当に、死ぬまで、変わらないのだろうか?
同じように大切なひとを、自分の手で、失ってしまうのだろうか?

そう思ったときに、もう誰も失いたくないと思っている自分がいることに気付いた。
こんなにも、何もかもを手放して、真っ白になりたいと、強く思っているのに。
でもこれは、別方向に引っ張って私を引き裂くような、相反する感情ではなくて、うまくいえないけれど、生きたいのと死にたいのが同じ、という、もともとはひとつの意志にから生まれるもののような気がします。

結局のところ、どちらも執着の表れなのかしら。
大体に於いて、他者への関心があるときは、自分から逃げているときのような気がする。

もっと深く自分の中へ潜っていきたい。
ひとりになりたい。もっと、ひとりでいたい。
でも、ひとりでいたくない気持ちも、おなじくらいこころを支配している。
できれば、その両方を認めてあげたい。
不器用な自分のことも、立ち止まっている自分のことも。


十月の週末に描いていた、鉛筆のほうの絵が完成しました。
仲の良い友達を勝手にモデルにして模写をしていて、思った以上に本人に似てしまったので一応本人に報告したら、SNSのアイコンに使ってくれたみたいです。
はずかしいやら、うれしいやら、描いた絵を使ってもらう、って、こんな気持ちなんだなあ。


個人的には首の血管と掌の皺を描くのがたのしかったです。
つぎは植物を描く予定です。
人魚の絵も引き続き完成に向けて描いていきたい。


絵は本当にいい。
静かになれる。

今週、もとい今月はすこし、夜更かし気味になりそうです。



2015年11月3日火曜日

蜜柑のある生活



すこし寒くなると、やっぱり、毛糸が恋しくなりますね、ということで、今日から編みもの始めました。
去年は音楽の活動もあって、お仕事もかけもちをしていて、あんなに忙しかったのに、たくさんの人にプレゼントを編んで、なんだかばたばたして楽しかったなあ。

九州の祖父母に帽子とマフラー、叔母に若草色のハンドウォーマー。
奈良に住む、母方の祖母にはやわらかい桃色のスヌード。
ヒツジが好きな石川のお友だち夫婦に、お部屋で勉強する用の、色違いのモコモコ指出し手袋。
自転車通勤のお友だちに、青いミトン。
星の似合うお友だちに、ぴかぴかが混じった毛糸で、ヘアバンドとシュシュを編みました。
あと、はじめてワンちゃんのセーターを編んだ。
これはいちばんの力作だった気がします。

なんばの高島屋の近く(タワレコと無印の入ったビルの、すこし南側)に、マスザキヤという毛糸屋さんがあって、世界のいろんな毛糸がたくさん揃っているという(しかも大型の手芸屋さんと比べ物にならないくらい質が良くて安い!!)、なんとも天国なお店なのです。
先日覗きに行ったら、めちゃめちゃ肌触りが気持ちよくていい色の毛糸を発見してしまって、その毛糸でお友だちにマフラーでも編んであげたいなー、と思っているところ。

だいぶ服の趣味も変わって大人っぽくなっていたから、ダークグレイとか、いいんじゃないかな?とか、いろいろ考えながら毛糸を眺めているだけで、ほんとうにしあわせな気持ちになれます。
でもその前に、家にある半端な毛糸たちをどうにか使ってしまいたい。
あんまり自分のために編みものしないんだけど、リハビリにスヌードでも編もうかな。
(このあいだおしえてもらった、指編みのシュシュも作りたいな)


プレゼントしたものたちのことを思うと、この一年で、会えなくなってしまったひとがいるんだなあと、すこし悲しくなったりします。
大好きな九州のおじいちゃん。もう帽子をかぶって、反対向きにピースをする姿を見ることはできない。
こんなにも、声も仕草も鮮明なのに、ふしぎ。

姉妹みたいに仲が良かった、たいせつなお友だちも、こちらから連絡を取ることができなくなってしまって、誰に聞いても行方がわからないから、どこかで元気な姿でいることを、静かに願うことしか、できない。
彼女とはまたいつか、線が交わるときが来るのだろうか?

そんなことを想うと、やっぱり、生きているあいだに、会いたいひとに会っておきたいし、つながりだったり、ひとの気持ちを、できるだけ、大切にしていたいと思います。
こんな人間だけれど、会いたいと言ってくれるひともいること。
その気持ちは、そっと、胸にしまって、飾っておきたい。

いま、どんなひとたちが、わたしの周りにいてくれているのだろう?
無理しなくていい、自然な気持ちで付き合えるひとたちばかりで、そんなひとたちに囲まれて、わたしは毎日、深く深く呼吸することができています。
大きく息を吸って、吐き出すとき、自然に笑顔になれる毎日です。
ほんとうに、ありがたいことだと思う。
わたしは何かで返すことができているのだろうか。

そして、振り返ると、やはり、つらい日々があったことも、しずかにこころで感じています。
でもそれは、誰がわるいとか、あの時ああだったとか、そういうことではないことも、きちんとわかっている。
いま、誰のことも責めたりしていないから、だからこころが、穏やかなんだろうと、そう思います。
(たまに、わるい夢を見るけれど、夢は夢だ)


この日々を、えらんでよかった。
いまのわたしは、いまのわたしのこと、好きです。

靴をえらぶこと、服をえらぶことと同じように、この生きかた、この生活をえらんでよかったと思う。
勿論、失うものがないとは思わないけれど、それはまた別のこと。
いまがいちばん、たいせつだと思っています。

現実は、靴も服も眼鏡も髪型も、気になるすてきなものが多くて、あれやこれやと迷っているんだけれどね。笑
この冬のコートは決めたんだけれど、靴と眼鏡が決まらなくて、かわいいものばかりだから悩ましいのですが、「迷えるしあわせ」というものも、あるのかもしれない、と思って、享受しています。
(多分に美化しすぎの気がする)


十一月に入ったばかりだというのに、もう来月のことを考えています。
はやく会いたいひとがいるというのは、これ以上ないくらい、しあわせだなあ、と思う。

また、あたらしいひとに出会う。
いままでに交わったことのあるひととも、あたらしい関係がはじまる。
思えば、おなじ関係でいつづけることなんて、実は不可能なんじゃないか?
どんどんあたらしくなって、どんどん変わっていくからこそ、お互い刺激にもなって成長し合える、いい関係なんじゃないのかしら。

おなじ街でも、季節が変わればあたらしい街になる。
おなじ人でも、関係が変わればあたらしい二人になる。

あたらしい風を取り入れて、旅人のように、暮らしていきたいな。


なーんてね。
そういえば、この時期、季節の変化に身体が対応するために、身体がわざと体内にウイルスを入れて免疫力を高めることがあるそうです。
結膜炎だったり足の痛みだったりは、もしかしたらそのおかげなのかな?

なるべくおとなしくしておくから、しっかり免疫力を高めてね。
今年の冬は、蜜柑をたくさん食べる冬にしたいです。



本日も見事に個人的な徒然の駄文ですが、お読みくださってありがとうございます。
十一月は、三日に一回の更新を目指しておりますので、お時間の許す限り、今月もお付き合いいただけると幸いです。

それではまた、三日後に。



(ちなみに、きのう、おとといとブログを書かなくてよかったから、開放感が半端じゃなかったです。笑
しっかりリフレッシュさせていただきました。お休み、って、だいじね!!)




2015年10月31日土曜日

控訴



実名をつかって検分することに身を悶えさせ尚且つ腹の底に秘めた怨念は十数年前と依然変わっていないことに驚きを隠せない夜。
三つ子の魂、百まで。
人は果たして死ぬまで変わらないのか?
学ぶことすらできないのか?

きょうはお仕事のあと、梅田をぶらぶらして靴などを見てきました。
良いのがいくつかあって、いろいろ悩んでいるところ。

欲しいものが沢山ありすぎて大変です。良き事哉。
十二月に行きたいところもありすぎて、また、会いたい人も多すぎて。
欲張っていてはいけない、と、自分に言い聞かせている。
きっと寒いしね。私は極端な寒がりだから、思ったよりは動けないだろう。


さて。
本日で十月もお終い。
毎日続いたブログ更新も、ひとまず区切りを付けたいと思います。

四月に比べて、割と真面目に書いたような気がする(文章量的に)。
ただ途中で中弛みもしたし、後半は若干ですが苦行に近い部分がありました。笑
十一月からは、三日に一回の更新にしたいと思います。
三の倍数でいこう。

九月の最後に会ったひとの影響で、時間にけじめをつけることに挑戦してみて、合う部分と、合わない部分があるなと感じたり、臨機応変にやらないといけない時もあると学んだり、そのときにじぶんのこころとどう折り合いをつけるのかどうかも、やってみて初めて気付いたりして、試行錯誤の一か月でした。
週末に絵を描くことを始めたし、ブログを書くこと、楽器を触ること、歌をうたうことを、毎日続けてみたことも、発見があっておもしろかった。
(ちなみにファイナンシャルプランナーの復習は途中で挫折しました。笑)

個人的にはたのしかったです。
十月。ほんとうに、いろんなことがあった。いろんなひとと出会えた。
でも、思い返すと、毎月いろんなことがある。
人前に出ようと出まいと、出会う人の量が減ろうと増えようと、いろんなことがあるんだなあと、思っているところ。
せっかくだし、楽しんでいこうと思う。

十月はほんと、よく笑った。
ひとりのときも、よく笑ってた。
なんでなんだろう。なんか楽しかったな。
暗い顔してるよりはましかな?とは、思うんだけれどね。
楽しむ、ということのコツをすこし掴んだような気がします。
無理してない、じぶん流のコツ。

どんなことに対しても、じぶんの価値観が、すこしだけしっかりしてきたのかな?
どんだけ自信なかったんだろう、とも思いますが、ひきつづき、じぶんというものを、じっくり観察していきたいと思います。


長らくのあいだ、取り留めのない駄文にお付き合いくださって、ほんとうにありがとうございました。
次は十一月三日にお会いしましょう。

アデュ!!

2015年10月30日金曜日

駐車場



・歌のこと
喉が痛いわけじゃないんだけど、きのう、きょうと歌っていて、歌いにくさが残ります。
どうしたんだろう。芯のない感じ。
まだ、怖がっているのかな。
声が涸れたって、誰に迷惑を掛けるでもないのに。
何を遠慮しているんだろうね。ここには私しかいないのにね。
想いのぶんだけギターを弾いて、ピアノを弾いた、いい一日でした。


・愛のこと
きのうの話の、ちょっとした続き。
谷川俊太郎さんのエッセイを読んでいて、ある言葉に対しての想いや考えを綴っている文章があったんだけど、愛という言葉を取り上げている文章の中に、「愛だけではとらえきれない何かを、情という言葉で呼ぶ」という記述があって、なるほどと思って、またひとつしっくりきました。

愛というのは、ともすれば男女間のことを表しがちだし、言葉そのものの美しさから先入観や偏見を持ってしまって誤解を生みがちだけれど、私にとっては、情という言葉のほうが、日常的で、身体に寄り添っていて、血が通っているように思えます。
ただ、情は、きれいな気持ちだけではないからね。とか何とか。考えるときりがないんだけれどね。ねむたいから途中まで。
また価値観を広げられそうだ。ほんとこのエッセイ、いい本だな。


・さみしがりやのこと
あのひとはもしかしたら、わたしとおなじで、さみしがりやなのかもしれない
わたしはずいぶんとながいあいだ、さみしがりやだったけれど、いまはそうでもない気がするのは、はたしてだれのおかげでしょうね

執着を手放したら、自然と寂しくなくなったような気がします。


・呼吸のこと
歌が軽いのは、呼吸が浅いせいかもしれない。
気を付けて、深く息を吸ってみようと思う。
朝の空気が澄んで、気持ちのいい季節です。


あしたも朝が早い。
きょうは散文、眠たくて構成能力が限りなくゼロに近いから、赦してほしい。

きょうも楽しく過ごせました。
眼鏡が厄介だけれど、だいぶ充血も引いてきたし、もうすこしの辛抱です。
目薬をさして眠ります。

おやすみなさい。


2015年10月28日水曜日

眼鏡の向こう


きょうはすこしだけ、落ち着いたかなあ、という感じ。
眼科で検診を受けたら、両目とも結膜炎でした。目薬を貰った。
新しく眼鏡を買いに行きたかったんだけど、きょうは断念。
おとなしく、治るのを待っていよう。

今年も残すところ、あともうふた月ですね。
十二月はまた大阪を離れたり、いろんなひとのお誕生日があったりできっとどたばたしそうだから、来月はゆっくりしたいな。
ゆっくり話したいひとたちがいるから、そのひとたちに会いに行こう。

あと、11月21日は、なんばベアーズでzoozooseeのライブがあるので、鍵盤を一生けん命弾きます。
きのうもスタジオだったんだけど、この五人になってからどんどんまとまってきて、とてもたのしかったです。
ちょっとワガママ言っちゃったかな?反省。

十二月が過ぎて、あっというまに来年になって、一月、二月、三月と、お仕事をしっかりして、慌しく四月になったら、大阪を離れます。
今年は怪我があって、そしてここ十年間ではじめて音楽中心の生活ではなくなって、かなり特殊な一年だったなと思う。
でも、だからこそ、出来たことも、行けたところも、出会えたひともたくさんいて、気付いたことも、手にしたことも、たくさんだったなあ、と、あらためて思います。

けっこう、もうおなかいっぱいな感じは否めないなあ。笑
まだ二か月もあるよー。ぜいたく!

へんな話だけれど、もう、次へ次へと、こころがいそいでいる。
あたらしいもの、あたらしい街、あたらしい暮らし、あたらしいひと。
いままでのすべてと、これからのすべて、ふたつの渦の、ぐるぐる混ざり合っているその中間点にいるような気持ち。

境界線は引かない。
いつだって、わたしはわたしだから。
いままでのすべては、わたしのたいせつな一部だから。
そう思えるようになって、認められるようになって、安心しています。

これからは、自分の居場所を、自分でえらんで、つくろうと思う。
居るべき場所ではなくて、居心地のいい場所。自分が居たい場所。


まいにち、お腹から笑わせてもらって、ほんとうに、まわりのひとたちには感謝してもしきれないなと思う。
生まれてまだひと月の赤ちゃんにだって、いっぱい、笑顔をもらえるもんね。
きょうもごきげんさんで過ごさせてもらった。

まいにち笑顔でいられること。
十月の、いちばんの収穫は、これかもしれないね。




2015年10月26日月曜日

食欲の秋


きょうはゆっくりゆっくり過ごせた一日でした。
お天気が良かったので、お洗濯をしてお布団を干して、ついでにひなたぼっこもしました。気持ちよかった。
ギターを弾いて歌をうたった。あまり喉がよくないようです。

読みかけの、村上春樹『ダンスダンスダンス』読了。上巻、下巻ともに割と一気に読んでしまった。
なだらかな起伏というか、全体的にぼやっとした印象を受けました。
静かに細かな雨が降っていて、そのおかげで遠くのものがぼんやりと見えるような、感情を鈍らせる薄い闇が佇んでいるような、そんな感じ。
物語自体は面白かった。とくに冗談が。

着物を片付けたり、ついでに組み合わせを考えたりしました。
来月はもしかしたら敬老の日イベントがあるかもしれないから、祖母に会いに行くときに着物を着ようかしら。
やっぱりあたらしく帯が欲しいな。でももうすこしだけ辛抱しよう。

十月は、よく動くことのできた一か月だった気がします。
前半はほぼ誰にも会わず、まいにちを積み重ねることを意識して、日課を作ったり、絵を描いたり、自分の内面を覗いたり、歌や音楽と親密になったり、割と穏やかに過ごせた。
後半、お久しぶりの人にお会いしたり、お友だちとゆっくりお話ししたり、あたらしい場所に行ってあたらしい人と出会ったり、人に会って話すことがとても多かったように感じます。
すこし身体に無理をさせてしまった部分もあるかも知れない。

そしてきょうからはまた、身体の声をよく聞いて、静かに過ごしたい。
以前ほど身体に対しての不安はなく、からだ、こころ、あたま、三つが仲良く円を描いているイメージ。

からだは、心と頭だけじゃ出来ないことを出来る。
こころは、頭も体も感じられないことを感じられる。
あたまは、身体と心が知らないことを知っている。

みんなみんな、なくてはならない、と思っています。
頭は思考するのが得意だし、体は行動するのが得意だし、心は感じるのが得意。
それぞれに、出来ることも、役割も違うから、それぞれの声を、聴くことができるようになればいいと思う。

いまはとくに、身体が大切だから、身体が感じることをそのまま感じるようにしています。
頭では、今日やるべきことだと、わかっている物事でも、身体に、無理はさせないように。
そのふたつをつなぐのが、心だったり、するのです。

からだとこころがちぐはぐなときは、あたまで考えてみる。
こころとあたまがちぐはぐなときは、からだを動かしてみる。
あたまとからだがちぐはぐなときは、こころで感じてみる。

そんなふうに、チームワークを生かしていく感覚。
だれかひとりが欠けていてはいけない。


だから、きょうは体を甘やかしたねー。なんて。
そのおかげで、心も頭も、ゆっくり休息が取れたようです。

気を抜くと、いろいろと詰め込み過ぎてしまうから、きょうみたいな日が必要。
(基本的に、本を読む時間と、ギターを触る時間があれば至福だけどね)

あんまり人と話さなかったけれど、きょうも一日ごきげんで過ごせました。
どうもありがとう。いい日でした。



ただこの時間におなかが空くの、どうにかしたいよ…!!


2015年10月25日日曜日



土曜日は一日じゅう、めいっぱい遊んだのと、一日の終わりにすこし気がかりなことが発生して、そのことに気を取られていたらブログどころじゃなかったのでお休みしました。
きょうも朝早くからお仕事だったので、支障が出ないように早く寝させてもらいました。
更新を楽しみにしているひとが微粒子レベルで存在していたらとても申し訳ないと思います。

きのうはお昼間、お友だちとランチして、カフェでまったり過ごしました。
ぶらぶらしながら、新しく眼鏡を作ろうと思って、一緒に眼鏡屋さんに行って、お互いに似合う眼鏡をいろいろ試したのが楽しかった。

彼女は高校からの付き合いなんだけど、わたしがこのあいだ失恋したまさにその当日に、「失恋した~(;_;)」ってメールを送ったら、「Brain Dots(スマホのゲーム)でいま面白いトライアルやってるから、それやって元気出しなよ!」っていう返事をくれて、その返事のおかげで感傷的になりすぎずに済んだという、グッジョブなお友だちです。
ベストフレンドって、こういうことだなーって、思いました。

ひさしぶりに男の子とデートしたそうで、乙女のように悩んでいてキュートでした。
人と付き合うこととか、恋愛観とか結婚観とか、あたらしく出会ったひとのこととか、いろいろ話しておもしろかった。
いつも、身体の力を極限まで抜いて、なにも考えずに他愛のないおしゃべりができるので、とても癒されます。
ディズニーランドのお土産をあれこれくれました。ニモのわかめスープが期待大です。

夕方家に戻って、ひさしぶりに着物を着付けて、わかばさんのライブへ。
いやー、やっぱり、半年以上着ていないと、帯の結び方がわからん!笑
もっと場数踏んでいこう…と反省しました。
ただ、ブランクがある割には、帯以外の長襦袢や着物自体は、おはしょりから何からものすごくきれいに着れたのはうれしかったです。
エンジ色とか黒の着物はだいぶ苦戦した思い出があるけど、灰色のは相性よかったのかな?
来月はどこに着ていこうかな~。わくわく楽しみです。

夏ぶりに観たわかばさんのライブは、ものすごく、良かった。
歌への情熱が高まって、溢れてくるのを肌で感じた。
冷たい空気と皮膚の下で、静かに慟哭していた。

このひとはずっと、ステージで歌い続けて、ステージで進化しつづけるひとなんだなあと、思った。
いまならまだ、追いかけられる、最後のチャンスかもしれない。
追い付けるかどうかはわからないけれど。

『まだら』を歌ってくれて、やっぱりCDで聴くのとぜんぜん違うし、先週会ったときに練習しているという話をしていたから、(そしてわたしが歌うと怨念のようなどろどろさが出てしまうとも話した)、それでちょっとわざと、どろどろと歌ってくれたのかな?と思いました。
それぐらい迫力があってよかった。

毎回ライブごとに、いちばんいいなと思う曲が違うんだけど、きのうは、そのあとに聴いた『茜』で、思わず涙が出た。
新曲の『決別』も、ものすごく良かった。はやく馴染んだものも聴きたいな。

そんな影野わかばさんの、今回のツアーファイナルは10/30(金)、高円寺U-haにて、山崎怠雅さんとのツーマンライブがあるそうです。
もしお時間良かったら、どんどん進化していくわかばさんの歌を、聴きに行ってくださいね。

◎皐乃一座HP
http://kouno-ichiza.net/

※影野わかばさんは、皐乃一座に在籍するアーティストなので、こちらのホームページからライブの詳細がご覧になれます。

大阪は12/9に、道頓堀かつをの遊び場で、ワンマンライブがあるよ!
わたしは今回は見に行けないから、誰かぜひ目撃しておいてほしい。

そうそう、ひさしぶりに観た、ざっしー(豊川座敷)のライブも良かった。
いまのざっしーが全部出ている感じがして、好きでした。
(たしか前にベアーズで観たときは、風邪で声がガラガラだったんだっけね)
あとおふねにも会いました。相変わらずおふねはおふねでした。


帰りみちにちょっと気がかりなことを耳にして、心配性のわたしはどうしても不安になってしまうようなことだったので、地下鉄の窓に映った自分の顔を見たら見事に眉毛がハの字になっていた。
遠くに住んでいるひとのことだし、何かあってもすぐに会いに行けるわけじゃないんだけど、心配で心配で。

でも、いまそのひとがどういう状態かわからないのに、良くないことばっかり勝手に考えて、暗い顔してしまうのはなんか違うんじゃないの、と思って、家に着くまでに、心の中で、『あいつは大丈夫!』って百回くらい唱えながら、むりやり笑顔を作って帰りました。
だってせっかく着物着てるのに、悲しい顔してたら、着物にも失礼じゃないか、と思って。笑

そうやって、むりやり笑ったの、ひさしぶりな気がした。
それくらいいつもは、自然に笑顔にならせてもらっていることに、ありがたく思いつつ、もちろん、いつもたのしいことばかりではないと知っているつもりだし、でも、できれば、むりやり笑うなんて、しないほうがいいと思っているんだけど、そのときは、じぶんにとって、そして周りのひとにとって、笑顔が必要な気がしました。
この現象については、まだちょっと考察中。

結局、とりあえずのところは大丈夫だという連絡が来て、ちゃんと元気そうな声も聞けたので、いちおうは、安心したんだけれど、なんだか、ものすごく心配したあとに、ものすごく安心したら、どっと疲れるものなのだなあと、思いました。

ほんと、なんともなくてよかった。
でもね、まだちょっと、混乱している。自分の胸のなか。
混乱しているんだよ。


『いつもの笑顔で 君を抱きたいな
懐かしいまなざしで 君の名を呼びたいな』

ライブを観たときとは違った濃度の茜色、
しずかにしずかに、胸に沁み入ってきます。



きょうもとりとめない感じだなー。笑
谷川俊太郎さんのエッセイ、順調に読み進めています。

心地良い感じの文体。
わたしの文体はぼろぼろだなあ。
(いつも音楽を聴きながら書くから、集中していないという言い訳)

すこしずつ、風がつめたくなってきますね。
きょうも楽しく、ごきげんですごせました。


どこにいるひとのことも、
ここからいつも、想っている。