2015年10月27日火曜日

ダンスダンスダンス



こんな時間なのに、お砂糖たっぷりのカフェオレなんか作って飲んでいます。
空きっ腹に酒、ではなく、下っ腹に皮下脂肪。
ぶくぶく溜め込んで、だめだこりゃ。

雨が降る中を家に帰った。
思ったより冷たくなくて、すこしだけ安心する。
都会の雨は、繁華街の光を受けて真っ白でした。

真っ暗な商店街を通る。
どこの街にいたって、おんなじだという気持ちになる。
だったら、誰と居たいかで、住む街を決めたっていいじゃないかと思っているところ。
すこしだけ、感情に傾倒しているところ。

そばにいることとそばにいないことに想いを馳せているところ。
なにが違うんだろう。きっとそばにいたって苦しい。

人はどうして誰かに何かを求めてしまうのだろうか?
ひとりになりたくなくて打算しているのだろうか?
こんな気持ちになりたいわけじゃないのに。

こころとからだが、ばらばらになりそうです。
すこしだけ、センチメンタルな気分。
恋なんて、いまはしたくない。
こんな自分に腹を立てているところ。



静かに溢れる涙をそっと拭ったら、
またいつもの二人に戻ろう

そして静かに、待っていようと思う
ただその時が来るのを

それまで、上手にステップを踏んで踊り続けよう



踊り続けよう






2015年10月26日月曜日

食欲の秋


きょうはゆっくりゆっくり過ごせた一日でした。
お天気が良かったので、お洗濯をしてお布団を干して、ついでにひなたぼっこもしました。気持ちよかった。
ギターを弾いて歌をうたった。あまり喉がよくないようです。

読みかけの、村上春樹『ダンスダンスダンス』読了。上巻、下巻ともに割と一気に読んでしまった。
なだらかな起伏というか、全体的にぼやっとした印象を受けました。
静かに細かな雨が降っていて、そのおかげで遠くのものがぼんやりと見えるような、感情を鈍らせる薄い闇が佇んでいるような、そんな感じ。
物語自体は面白かった。とくに冗談が。

着物を片付けたり、ついでに組み合わせを考えたりしました。
来月はもしかしたら敬老の日イベントがあるかもしれないから、祖母に会いに行くときに着物を着ようかしら。
やっぱりあたらしく帯が欲しいな。でももうすこしだけ辛抱しよう。

十月は、よく動くことのできた一か月だった気がします。
前半はほぼ誰にも会わず、まいにちを積み重ねることを意識して、日課を作ったり、絵を描いたり、自分の内面を覗いたり、歌や音楽と親密になったり、割と穏やかに過ごせた。
後半、お久しぶりの人にお会いしたり、お友だちとゆっくりお話ししたり、あたらしい場所に行ってあたらしい人と出会ったり、人に会って話すことがとても多かったように感じます。
すこし身体に無理をさせてしまった部分もあるかも知れない。

そしてきょうからはまた、身体の声をよく聞いて、静かに過ごしたい。
以前ほど身体に対しての不安はなく、からだ、こころ、あたま、三つが仲良く円を描いているイメージ。

からだは、心と頭だけじゃ出来ないことを出来る。
こころは、頭も体も感じられないことを感じられる。
あたまは、身体と心が知らないことを知っている。

みんなみんな、なくてはならない、と思っています。
頭は思考するのが得意だし、体は行動するのが得意だし、心は感じるのが得意。
それぞれに、出来ることも、役割も違うから、それぞれの声を、聴くことができるようになればいいと思う。

いまはとくに、身体が大切だから、身体が感じることをそのまま感じるようにしています。
頭では、今日やるべきことだと、わかっている物事でも、身体に、無理はさせないように。
そのふたつをつなぐのが、心だったり、するのです。

からだとこころがちぐはぐなときは、あたまで考えてみる。
こころとあたまがちぐはぐなときは、からだを動かしてみる。
あたまとからだがちぐはぐなときは、こころで感じてみる。

そんなふうに、チームワークを生かしていく感覚。
だれかひとりが欠けていてはいけない。


だから、きょうは体を甘やかしたねー。なんて。
そのおかげで、心も頭も、ゆっくり休息が取れたようです。

気を抜くと、いろいろと詰め込み過ぎてしまうから、きょうみたいな日が必要。
(基本的に、本を読む時間と、ギターを触る時間があれば至福だけどね)

あんまり人と話さなかったけれど、きょうも一日ごきげんで過ごせました。
どうもありがとう。いい日でした。



ただこの時間におなかが空くの、どうにかしたいよ…!!


2015年10月25日日曜日

茜



土曜日は一日じゅう、めいっぱい遊んだのと、一日の終わりにすこし気がかりなことが発生して、そのことに気を取られていたらブログどころじゃなかったのでお休みしました。
きょうも朝早くからお仕事だったので、支障が出ないように早く寝させてもらいました。
更新を楽しみにしているひとが微粒子レベルで存在していたらとても申し訳ないと思います。

きのうはお昼間、お友だちとランチして、カフェでまったり過ごしました。
ぶらぶらしながら、新しく眼鏡を作ろうと思って、一緒に眼鏡屋さんに行って、お互いに似合う眼鏡をいろいろ試したのが楽しかった。

彼女は高校からの付き合いなんだけど、わたしがこのあいだ失恋したまさにその当日に、「失恋した~(;_;)」ってメールを送ったら、「Brain Dots(スマホのゲーム)でいま面白いトライアルやってるから、それやって元気出しなよ!」っていう返事をくれて、その返事のおかげで感傷的になりすぎずに済んだという、グッジョブなお友だちです。
ベストフレンドって、こういうことだなーって、思いました。

ひさしぶりに男の子とデートしたそうで、乙女のように悩んでいてキュートでした。
人と付き合うこととか、恋愛観とか結婚観とか、あたらしく出会ったひとのこととか、いろいろ話しておもしろかった。
いつも、身体の力を極限まで抜いて、なにも考えずに他愛のないおしゃべりができるので、とても癒されます。
ディズニーランドのお土産をあれこれくれました。ニモのわかめスープが期待大です。

夕方家に戻って、ひさしぶりに着物を着付けて、わかばさんのライブへ。
いやー、やっぱり、半年以上着ていないと、帯の結び方がわからん!笑
もっと場数踏んでいこう…と反省しました。
ただ、ブランクがある割には、帯以外の長襦袢や着物自体は、おはしょりから何からものすごくきれいに着れたのはうれしかったです。
エンジ色とか黒の着物はだいぶ苦戦した思い出があるけど、灰色のは相性よかったのかな?
来月はどこに着ていこうかな~。わくわく楽しみです。

夏ぶりに観たわかばさんのライブは、ものすごく、良かった。
歌への情熱が高まって、溢れてくるのを肌で感じた。
冷たい空気と皮膚の下で、静かに慟哭していた。

このひとはずっと、ステージで歌い続けて、ステージで進化しつづけるひとなんだなあと、思った。
いまならまだ、追いかけられる、最後のチャンスかもしれない。
追い付けるかどうかはわからないけれど。

『まだら』を歌ってくれて、やっぱりCDで聴くのとぜんぜん違うし、先週会ったときに練習しているという話をしていたから、(そしてわたしが歌うと怨念のようなどろどろさが出てしまうとも話した)、それでちょっとわざと、どろどろと歌ってくれたのかな?と思いました。
それぐらい迫力があってよかった。

毎回ライブごとに、いちばんいいなと思う曲が違うんだけど、きのうは、そのあとに聴いた『茜』で、思わず涙が出た。
新曲の『決別』も、ものすごく良かった。はやく馴染んだものも聴きたいな。

そんな影野わかばさんの、今回のツアーファイナルは10/30(金)、高円寺U-haにて、山崎怠雅さんとのツーマンライブがあるそうです。
もしお時間良かったら、どんどん進化していくわかばさんの歌を、聴きに行ってくださいね。

◎皐乃一座HP
http://kouno-ichiza.net/

※影野わかばさんは、皐乃一座に在籍するアーティストなので、こちらのホームページからライブの詳細がご覧になれます。

大阪は12/9に、道頓堀かつをの遊び場で、ワンマンライブがあるよ!
わたしは今回は見に行けないから、誰かぜひ目撃しておいてほしい。

そうそう、ひさしぶりに観た、ざっしー(豊川座敷)のライブも良かった。
いまのざっしーが全部出ている感じがして、好きでした。
(たしか前にベアーズで観たときは、風邪で声がガラガラだったんだっけね)
あとおふねにも会いました。相変わらずおふねはおふねでした。


帰りみちにちょっと気がかりなことを耳にして、心配性のわたしはどうしても不安になってしまうようなことだったので、地下鉄の窓に映った自分の顔を見たら見事に眉毛がハの字になっていた。
遠くに住んでいるひとのことだし、何かあってもすぐに会いに行けるわけじゃないんだけど、心配で心配で。

でも、いまそのひとがどういう状態かわからないのに、良くないことばっかり勝手に考えて、暗い顔してしまうのはなんか違うんじゃないの、と思って、家に着くまでに、心の中で、『あいつは大丈夫!』って百回くらい唱えながら、むりやり笑顔を作って帰りました。
だってせっかく着物着てるのに、悲しい顔してたら、着物にも失礼じゃないか、と思って。笑

そうやって、むりやり笑ったの、ひさしぶりな気がした。
それくらいいつもは、自然に笑顔にならせてもらっていることに、ありがたく思いつつ、もちろん、いつもたのしいことばかりではないと知っているつもりだし、でも、できれば、むりやり笑うなんて、しないほうがいいと思っているんだけど、そのときは、じぶんにとって、そして周りのひとにとって、笑顔が必要な気がしました。
この現象については、まだちょっと考察中。

結局、とりあえずのところは大丈夫だという連絡が来て、ちゃんと元気そうな声も聞けたので、いちおうは、安心したんだけれど、なんだか、ものすごく心配したあとに、ものすごく安心したら、どっと疲れるものなのだなあと、思いました。

ほんと、なんともなくてよかった。
でもね、まだちょっと、混乱している。自分の胸のなか。
混乱しているんだよ。


『いつもの笑顔で 君を抱きたいな
懐かしいまなざしで 君の名を呼びたいな』

ライブを観たときとは違った濃度の茜色、
しずかにしずかに、胸に沁み入ってきます。



きょうもとりとめない感じだなー。笑
谷川俊太郎さんのエッセイ、順調に読み進めています。

心地良い感じの文体。
わたしの文体はぼろぼろだなあ。
(いつも音楽を聴きながら書くから、集中していないという言い訳)

すこしずつ、風がつめたくなってきますね。
きょうも楽しく、ごきげんですごせました。


どこにいるひとのことも、
ここからいつも、想っている。



岡山で思ったこと



2015.10.16-10.18の三日間で感じたことを、帰りのバス内で、感じたままに。



・18:03

さよならについて想いを馳せている。
いままでの私だったら、きっと会いたい人に会いに行っていたけれど。
疲れた顔を見せたくないなー、なんて、初めて思った。
会いたい動機がきっと、依存心からくるものだったから。

ある人のこと。
会いたすぎて期待しすぎて、空回りしたなあ、
話したくないときは話さなくていいんだよ、ということを、もっと身を以てわかりたい。
自分で色々とハードルを上げすぎた。前日までに感じた違和感、当日に感じた気持ちに素直になってみてもよかった。
でも終わったことだし、総じて楽しかったのでオッケー。

人を好きになること。
人を好きになるという行為は私にとっての表現だと思っているから、一般的な倫理観に囚われない。
男女関係なく、どの人のことも好きだし、どの人のことも大切に想っている、という気持ちに偽りはない。
それぞれ皆違うから好きだし、当たり前だけど、それぞれの人と過ごす時間は、それぞれの人としか過ごせない。
(一人一人に「あなただけが好き」と約束しているなら話は別だけど)

私の場合、大体において、人を恋しく思うときはその裏側に利己的な欲求が潜んでいることが多いので、一旦止まって心のなかを覗いてみる、という行動を取り入れてみることは価値があるように思う。
一旦止まるということは、やりたいことをやらない、と、イコールではない。
勢いを殺す、剣道で言う、去なす(いなす)という感覚に似ている。

『やったほうがいいと思うこと』をやることと、『やりたいこと』をやることを天秤にかけると、やりたいことをやったほうがいいと思われがちだけれど、それも時と場合によるなあと思った。
『やりたいこと』の裏側には、感情が隠れている。
そのときの自分が表現したいものが隠れている。
でも、そのもっともっと根底に潜んでいるものはなんだろうか、と冷静に見つめて、把握してジャッジすることも必要。
『やったほうがいいと思うこと』の裏側にも、『やりたいこと』より大切なものが隠れている場合がある。
その時々で大切にするべきものが違う、違って当たり前なのだと思った。

『やりたいこと』をやることで損なわれるものもあるし、やりたいことが必ずしも、自分がしあわせにしたいひとをしあわせに出来るとは限らないときもある。
綺麗な別れが、またその人に会いたいとも思わせるし、自分もそう思っていられる場合がある。
そういう風に思えたことが良かったと思う。

笑顔で別れる、ということ。
本当はすごく大切なのかもしれない。
むしろいつでも、一緒に過ごした中で一番の笑顔で別れたい。
握手も抱擁も必要ない。それを知ったのも経験。
すごくすごく、大切な経験。

旅に出て出会えた、また会いたいと思った人のこと。
思わぬところで物事は繋がって導かれていくから、自分をオープンにしておくという感覚はすごく大切。
(オープンというものがどういう状態かは、まだ自分の中で感覚的すぎて、具体的に上手く説明出来ない)

好きじゃない場所や人でも、自分の状態次第で良くも悪くも転ぶし、退屈と感じ始めた次の瞬間、思わぬきっかけで人をおもしろいと感じたりするので、少しだけ、その場に留まってみる、というのも必要な視点なのかと思った。
どうしても嫌なら無理はしなくていいと思うけれど、どうしても、に至るまでのギリギリを知っておくことや、キャパを増やすということは、決して自分にマイナスにはならないのではないのかなと思う。

逆に今日みたいに、期待しすぎると失敗する時もある。
期待をするということは、自分自身が自然な状態ではない、ということなのかな?
周りに何かを求めているという状態なんだろうか?
当たり前のことだけれど、自分にとって心地の良い自分でないときに、無理に何かをしても後悔するだけだと、身を以て感じた。
なにかしら、周りに気を使いすぎたり、期待や妄想をすぐにしてしまう人間なので、そのあたりはもっと経験して、自分に合った方法を探していきたい。

行動の『選択』の幅を広げるということ。
自分が、自分で、その場の自分に合った選択が出来るようになりたい。
思考や視点のバリエーションを増やせたら、次は、言葉と行動のバリエーションを増やす。
「誰かにこう思われたい」という理由が大元になければOK。
そういうスキルを身につけることが、大切な人にスムーズに気持ちを伝えられることに繋がるのかもしれない。

そのスキルが未熟な故に、必要ない軋轢が生まれたり、修復出来ない傷を付けてしまったり、
結果的に、憎み合って、別れてしまうことは、本当に哀しいことだと思う。

座談会のこと。
初めて参加して、楽しかったけれど、あまり得意な場所ではないかもしれない、ということがわかった。
それがわかっただけでも、行って良かったと思う。
違和感の正体、まだもうちょっと考察や分析が必要。

決して、誰かや何かを批判したり、それによって自分を正当化したり慰めたい訳ではない。
自分にはちょっと合わなかっただけだし、そのことを誰かに理解してもらいたいとも思わない。
みなさん本当に素敵だった。私自身がまだまだ無知で未熟なだけ。
思い返せば旅も三日目、いろんな部分に疲れも見えていたのかな、とも思う。
でも、“だから『悪』”ではない。
いまは自分の心の動きに興味があって、文章として遺せるほどはっきりとした感覚として感じたいから、考察を続けようと思う。

コミュニケーションにも嗜好があるのだと知ったこと。
静かな場所で落ち着いて、個人的に、一人対一人で話すほうが好きだということ。
同じような考え方をするからといって、皆が皆、仲良くなれるわけではないということ。
また、もしかしたら、仲良くなる必要も特にないのかもしれない、ということ。

考え方やバックボーンが違っても、高校が同じだったり共通の知り合いがいることがきっかけで、仲良くなれる人もいるということ。
私の場合、違った考え方をしているひとでも、一人対一人や少人数なら、割と素敵な時間をシェアできたり、面白がれる確率が高いということ。
垣間見える同じ感性と出会う瞬間が楽しかった。

仲良くなるのに、共通の話題は少なからず大きなウエイトを占めるということ。
子供が好きだったりあるアーティストが好きだったり、音楽や映画や本の趣味が似ていたり、同じ土地に行ったことがあったり、生まれた場所が近くだったり、無限にあるけれど、そういったこと。
そういう話をすこし軽視していたかもしれない。媚びのように思っていた部分がある。
(自分の知識について、地に足を付けることは今からでも可能かしら。)

興味のあること、そのとき感じたこと。
こんなにもはっきり感じているのに、言葉で伝えられないもどかしさ。
それがあるから、音楽をしたり絵を描いたり物を作ったり、言葉以外でも人は表現するのだと思う。

思ったことを自由に表現しよう、と、さらに強く思った。
即興演奏において、より良い演奏を出来るようになりたい、と思うことに近い感覚。


人は流れて、流れていくよ、ということ。
私は今、近くの人と、深く交わりたい時期だということ。

近くというのは、大阪東京とかいうことではなくて、心の近さ、興味の深さ、のようなものです。
逆に思えば、深く交わりたい人たちは、大体みんな、それぞれの場所にいる。
だから丁度いいのかもしれない。
わたしは、いまここには、ひとりで良い。ひとりが良い。

さて、依存心からくる行動には、他にどんなものがあるのかしらね。
自分の心の解体ショーしてるみたいだ。たのしい。


大阪に戻って、ものすごく、笑顔だということ。
うずうずしている自分がいるということ。
うわー、生きてる!って、思えたこと。楽しかった、って、思えたこと。

いまの自分にとって、必要な旅だった証拠だと思っています。
出会えた、関わってくださった全ての皆様、
本当にありがとうございます。




鞄の中身


そういえば、先週の岡山旅行の荷物を公開しようと思って忘れていたので、公開しまーす。
なにかの参考になれば。笑


◎持っていったもの
iPhone5s
iPad mini
iPod、イヤホン
お財布
タオルハンカチ
ティッシュ
緑のポーチ(痛み止め、バンドエイド、目薬、リップバーム、リップグロス、日焼け止め)
紫のポーチ(アメ類、漢方薬)
化粧ポーチ(歯ブラシ、コンタクト用品、スキンケア用品、おりものシート、カイロ、湿布)
寝間着用の長袖シャツ
寝間着用の靴下
着圧靴下
下着の替え
タオル
充電器
香水
腕時計
アクセサリー

◎あれば良いなと思ったもの
マスク…ただ単に持っていくのを忘れた
青汁…やっぱりパンしか食べなかったから、帰ってきて肌荒れがすごかった

◎持っていかなくて正解だったもの
手帳…重たいしかさばる、バスや電車内で書けない
文庫本…全然退屈しない、移動中は景色を見たりぼーっとできる

◎お洋服
ストレッチジーンズ
ブラ付きキャミソール
半袖ベロアのトップス
薄手のカーディガン
厚めスウェットの上着
靴下
ウォーキングシューズ

以上!!
上の写真の荷物を、左下のカバン2つに分けて入れて持っていきました。
やっぱ昔に比べたら、驚異の荷物の少なさ…グッジョブ私!
着替えを持っていかない(三日間ほぼ同じ格好をする)ことに抵抗をなくすと、こんなにも身軽になれるんだなあと、感動しました。
そして、やればできるじゃん…自分…!!と…。
(ただそのあと三日間くらい、自分の身体がものすごくクサイ気がしてそわそわした)

ちゃんとシャワー浴びたり、こまめに手を洗ったりしてたけど、服にはニオイつくもんな~。
いちばんグッジョブだったのは、案外、香水だったかもしれない。笑

旅先でも自分のお気に入りを身に着けようと思って、だいすきなお友だちと色違いのタオルハンカチ、金木犀の香りの香水、たいせつなひとからもらったネックレス(鍵のモチーフは、自分のちからで幸運のドアを開くことができますように、という意味らしいです)、母親から譲り受けた世界でいちばん落ち着く腕時計(ベルトをそろそろ交換しないとやばい)、つけ心地が最高のハンドクリームを持っていきました。
そのおかげで、わりと穏やかに過ごせた気がします。

ほんと、いま思い出してもいい旅だったなあ~。
そのときに出会ったひとたちと、また会う約束をしているのが、ほんとうにありがたいし、うれしい。

また、いろんなところへ旅に出たいな。
でも、生きている限り、旅とおなじなのかもしれない。
生まれてから、死へ向かうまでの、ささやかな時間。
そのあいだに、どんなことが起こっても、ぜんぶ、旅だと思えば、たのしく過ごせるかもね。

な~んてね!グッジョブグッジョブ!!



2015年10月23日金曜日

こんな風に過ぎて行くのなら



いけないいけない、かわいいヘアバンドを検索していたらこんな時間だ…。
きょうはパン屋さんのお仕事でした。お昼からの6.5時間の立ち仕事も、楽勝まではいかないけれど、だいぶ平気になってきてうれしいです。
やっぱり朝いちばんの時間帯は、他のみんなにとっても、いちばんキツイみたい、まだもうすこし復帰はおあずけだな~。

あしたの着物の用意をしていて、かわいい足袋がないことに気付いて、お仕事帰りに急いで靴下屋さんへ寄って帰って、着ようと思った着物の袖と、持っている肌襦袢の袖の長さが合わないからちょっと詰めたりして、さあ、付け襟を付けるぞ!と思ったら、この、襟を付けるのがびっくりするくらいむずかしくて時間がかかっちゃって、気付けばきょうもこんな時間です。ねむたいよー。
着物を着る人間しかわからない話でゴメンねー。

パン屋さん、ずーっと会いたかった、ひさしぶりに会うお客さんに、会えました。
ちょっと前に書いた、半年に一度しか会えない紳士と共通の知人なんだけれど、一年くらいお顔を見ていなかったのかな?ひさしぶりだったけど、気さくにお話ししてくださってうれしかったです。
わたしも夕方に店にいるのがあんまりないことだし、お店の他のスタッフから、その方が最近来られていないと聞いていたので、会えるかななんて期待はしていなかったんだけど。
ほんと、めちゃくちゃラッキーだなあ~。

そのおかげで一日じゅう、ごきげんさんですごせました。
やっぱり会いたいひとには会えるようになってるんだねえ。

あと、最近パン屋さんには、赤ちゃんを抱っこしてパンを買いに来るお母さんがとても多くて、赤ちゃんや小さい子供を見るだけでとても癒されます。
他にも、ひさしぶりのお客さんにお会いすることが最近多いので、それだけでもほんとにうれしい。
そういうのがあると、すぐににこにこしちゃうので、ああ、わたしって、単純だな~と、しみじみ思いました。

お仕事に行く前に、宇多田ヒカルを爆音で聴いて踊りながらお菓子を作って、お世話になったひとに贈り物をおくったり、あした会うお友だちに渡すプレゼントを用意したり。
ながく会えないひとだけじゃなくて、いつでも会える、古くからのお友だちにも、なんとなく、メッセージをしたためました。

そんな気分のときって、あるよね。
いつも想っているよ、って、ほんとはいつでも伝えられるものなのかもしれないけれど、いつでも伝えられるしあわせ、っていうのもあるのかもしれない、と、ふと思いました。


あたらしいひとを識っていっても、かわらないものもあって、だけど、かわらないように見えて、時間とともに、ほんのすこしずつ、かわっていく。
それは自然のこと。悲しまなくても、いいこと。

歳をとって、いろんなことを経験していくのが、ほんとうに、たのしくて、うれしいです。
まいにち、そんな気持ちで、過ごさせてもらっている。
でも、うわついた気持ちだけじゃなくて、いいことばかりじゃない、ということも、わかった上での、いまがあることに、すこしだけ、ひとり安堵しています。


タイトルの、だいすきな、浅川マキさんの歌。

『こんな風に過ぎて行くのなら
いつかまた、どこかで何かに出逢うだろう』

さみしい気持ちの歌だけれど、さみしさも、かなしさも、むなしさも、やるせなさも、たくさん、たくさん、経験して、でも、それがあるから、いまがある、と、歌えるようになりたい。
その感覚が、わかりつつあるのが、うれしいです。

痛い、辛い、怖い、悲しいのなんて飽きた。
そういうの、ぜんぶ感じたうえで、わらっていたいなと、いまは思います。
いまの自分だから、歌える歌がある。
それを大切にしていきたいです。

なーんてね!
まだまだ気持ちも技術も未熟だからね、まずはかたちにするところからはじめなくちゃね!


いつも自分のことばかりだけれど、読んでくれてありがとうー。
あしたのために、きょうははやく寝よう!

きょうも一日おつかれさま。
おやすみなさい。




2015年10月22日木曜日

血眼



ここ数日、左目がなんかおかしくて、普段からコンタクトレンズをしてるんだけれど、視界がボヤーっとするなあ、と思ったら真っ赤に充血していました。なんじゃこりゃあ。
仕事中ずっと目ヤニが出て気持ちが悪かったです。

うーん、乱視用のコンタクトレンズが合わないのかな??
あした様子見ておかしかったら病院に行こうっと。

きょうはお手紙を書いたり、ギターを弾いたりして過ごしました。
他にもちょっと、やりたいことがあったんだけど、なんとなく体もぼやぼやしていて。
無理せず、できることをやろう、と思って、ギターを手に取ったらこれがまた楽しい楽しい。

きもちが濁っているときはあんまり音楽に触れたくないというか、音楽に対して失礼な気がして疎遠になりがちなんだけれど、ギターを持った瞬間、「あ、これこれ!!」って、体がよろこぶのを感じました。

ひさしぶりに、おっきな声で、うたえたかな?
いつも弾く曲を弾いたりして、歌詞をなぞったらあたらしく気付いたこともあったりして。
とっても気持ちがよかったです。

音楽の力ってすごいんだなあと改めて思った。
うた、どうもありがとう。

11月に入ったら、本格的に2曲、録っていこうと思います。
って言っても、前と同じく、iPhoneちゃんのボイスレコーダーで、おうち録音だと思うけれど。

一回スタジオに入って録音してみてもいいかもね。マイクとかも借りてね。
まったく知識ないけどね。見よう見まねでね。
影野わかばさんの『まだら』と、自分の曲で『白日夢』。
ほかにも、ワニのいる生活の『わるい夢が去るまで』も、すこし練習しかけたりしたけれど、あんまりよくばりすぎないようにね。

ピアノのほうも進行中、ただ11月21日に難波ベアーズでzoozooseeのライブがあるから、そっちの練習に励んでいます。
ピアノのうたも、はやくうたいたいよー。

いい感じに、うずうずしています。
12月までに二の腕とおしりのたるみをなんとかしようと、きょうから筋トレも始めたしね!
すっごくいそがしい!!気がする!!


あしたのパン屋さんのお仕事をがんばったら、土曜日はお友だちとランチ、夜はわかばさんのライブ!扇町パラダイスだよ!ざっしーも出るみたいだよ!
できたら着物を着てお出かけするんだい。

日曜日は余裕があれば絵のつづきを進めたいな。
鉛筆描きのほうだけでも完成させたい。

ちょっと頭痛と体調不良がこわいけどね。そのときは、そのときだ!


きょうも一日楽しく過ごせました、どうもありがとうね~。
お風呂に入ってマッサージします、おやすみなさい!