2014年8月21日木曜日

ほおずき


まだまだ暑いですがお元気でしょうか。
徒然と、とりとめもなく。

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菩提樹、という曲をつくりました。
一昨日のこと。
ギターアレンジを考えるのが、とてもたのしい。

先月は『行きずり』という曲をつくった。
そちらはすこし迷宮入り。
もともとあったベースラインにピアノを付けて歌をのせました。

札幌でハリネコさんのライブを観てから、
おもにピアノでつくる曲の自由度が増したと思う。
はやく形にしたくてうずうずしている。

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固まりきらなくて長いこと置いていた曲の歌詞とアレンジをつくる。
これはギターの曲で、題名を『白日』にしようか、
『白日夢』にしようかをまだ未決定にしている。

でも桜重奏の『焼却』という曲も、もともとは『焼却口』という題名だったので、
たぶんどちらでもいいのだと思います。
そのうちビビっとくるでしょう。

歌詞はだいたい、じぶんにとっての予言だったりする。
そのときには意味不明、といった言葉でも、
あとから内容を理解して納得する、ということがままあって不思議。

そしてそれを聴いているひとがまたまったく別の解釈をするから面白くて、
聴いてくれたひとの数だけ曲はちがう。
それも不思議な世界で、とても面白いと思う。

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iPhoneのボイスレコーダーがなかなかお気に入りです。
喉は七割くらいなので、きょうは歌わずにギターを弾きました。
やっぱりギターはたのしい。男前は人生でも最高の恋人だと思う。

本来とても声が高いので、
昔に作った曲はほんとうに喉の調子がいい時しか歌えないのです。
逆に言うと、歌える曲で喉の調子がわかるので便利です。

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具体的な引越しの予定はないのだけれど、
いま身の回りのものを整理していて、
その一環としてなぜか食器を梱包しました。
ひとりぐらしだと、どれくらいの量の食器がいるのだろうか。
とりあえず2人分ずつくらいでいいのかな、お皿もお椀も。

片付けていると、いかにたくさんの物に囲まれて
窮屈に暮らしているかがとてもよくわかる。
家に物が多いのはそれが母の生き方で、
そしてわたしはそのあとを継ぎたくないと思っている。

母の人生に無理強いする訳にはいかないので、
離れて暮らしてみるのもありかな、と思い立っています。
おバカを言い合う生活はとてもたのしいけれど。

でも心配ごとがひとつだけあって、
わたしは誰かと一緒に住んでいないとすぐに何処かへ行ってしまいそうで、
じつはじぶんでじぶんが怖かったりする。
いなくなりそうな気がしますが、簡単には死なないと思うので、
そこはどうぞご安心ください。

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iPadからの更新だと長文が書きづらかったり、する。
なので、この辺で。

2014年8月20日水曜日

菩提樹



執着から解脱して
菩提樹登れば
霞む記憶

善悪だけに偏った
若い解釈も
喪ってご老体

砂に描いた絵の
細い線がわたしを惑わす
この世界には何も
畏れるものはないと呟いて

彼は逝った
振り向かずに
陽炎も知ったような
昏い顔のままで微笑んだ
手を取って
交わした温もりも
途絶えて、とうに地獄へ堕ちた後さ


虚ろな喧騒も
何処か遠くへわたしを誘う
この世界には誰も
誇れるものはないと囁いて




2014年8月11日月曜日

陽炎


台風の不安定な気圧が過ぎると調子がよくて、
きょうは晴れていたので靴を三足洗って洗濯を二回しました。

こころのなかの分厚い雨雲は、いまだ塊のまま浮かんでいる。
それもすこしずつ散っていくのだろうと予感している。

「人間だから」という言葉に救われたり、
頭を撫ぜた手のひらに不意に泣きそうになったり。
なぜか椎名林檎をずっと聴いています。

いろいろなものごとを、ととのえる。
今年、年明けの直感で行動してきたことが、
いまようやく、大きな流れとして追いついてきてくれたようで、
じぶんの感覚がまだ衰えていないことにすこし安堵しています。

このまま感性が流れゆくままに生きる術を手に入れて、
わたしはおそらく在るべき姿に戻り、
居るべき場所に還るだろう。
けれど今迄の生半可は通用しない。
誰にも依りかかれないぞ、と。

ひっそりと、それはそれはひっそりと、
まるで洞窟の奥深くから冷たい風が吹くように、
誰かの声がきこえています。

いままで手に入れたもちものをもって、
いままでいた場所にかえるのだけれど、
それはまったくもってあたらしいことになる。

そんな予感がしています。
とても抽象的だなと思うけれど。
きっとこれから体感する。

とてもこわくて、
とてもわくわくしています。
そしてこれがわたしの本質なのだろうと。


まあ、割とのんびり過ごさせてもらっています。
わたしは元気です。ある一部分を除いて。

(それは腫瘍のようなもので、
もしかしたら一生癒着したままのものなのかもしれないし、
もしかしたらはじめからそこには何もなかったのかもしれない)


2014年8月6日水曜日

メロウ


もうほんとうに疲れたと思う。
これでは肌も穏やかではいられないと思う。

とても悲しいことだと思う。
好きだったはずのひとを拒むのは。
離れて仕舞えるなら、そんな苦しい想いもしなくていいのに。

好きだったままさようならをしたかった、と思う。


憎むのはつらい。
嫌いになるのはつらい。

傷つけるのはつらい。
傷つけられるのはつらい。

きょうはそんな気分。
だから自分が正しいと思う。



2014年7月26日土曜日

下着のなかみ


暑くて夜中に何度も目が覚める。
冷房が苦手なので、扇風機の風と、
団扇をあおいで涼んでいます。
今年の夏は、殊更暑い気がするけれど、
めっきり麦茶とも仲良くなっているので、安堵。

汗をかきながら、熱い熱いお茶を飲む。
まるで時が止まっているよう。

息をゆっくり吸って吐くことが、多くなった。
胸に手をあてて、立ち止まり、笑顔をなくすことも。
こんなにも、生きるために無理をしてきたのだと、
感じるようになった。

時間さえあれば本を読んで、
それから、すこしだけ、想いを馳せます。

これから変わりゆく世界のことを。
あたらしくうまれる感覚と、
閉じ込めていた感性の退化を感じ、
自然を求める躰の声に耳を傾ける。

わたしが奪った、他人の可能性について考えている。
いまからでも遅くないと思う。
取り戻せるものも、きっとあるのだ。

ただ、正しいものはもう、
とうになくなってしまっていた。
どんな記憶も、どこにもいなくなってしまった。
すこし前のわたしなら、即ち自分の価値観の死、
とも思っていたかもしれないけれど。

それもすこしの巡り合わせ。
海外の風を纏って帰国した先輩と、
すこしもゆっくり話せなかったのが、
とても残念に思っている。今日のこと。


みえる世界が、変わってきているのです。
そして、みているわたしも、変わってきている。
世界は両側から捩れて生まれ変わろうとしている。

そうして、わたしは、うたいたい歌をうたう。
だれにも届けない、自分自身への鎮魂歌を。

感傷を蔑み、陶酔を忌み厭って、
わたしはうたう。
だれも知らない、わたしだけの歌を。

そうやって、下着の内側にたくさんの秘密を忍ばせているのです。
それをあなたは、のぞきたいと、お思いなのでしょうか。

2014年7月24日木曜日

黄金の爪



今日ですべておわった。

あなたはわたしのことなんか、ちっともみていなかった。
わたしがあなたをみていなかったように。

だって、もしあなたの言うあなたのやさしさがほんとうなら。
離れても想いつづけている、と言った言葉がほんとうなら。

わたしのこの苦しみを伝えたとき、
どうしてなんにも言ってくれなかったの。
どうしてやさしく抱きしめてくれなかったの。

十年前と同じような、この気持ち。
わたしはちっとも、
大人になんか、なっていないね。
きがくるいそうだよ。


あの歌は、あの子のためではなく、
わたしのために、生まれたんだと、はじめて知った。

今日ですべてがおわりなんかじゃないことも、
ほんとうは知っている。
これはただの、おわりのはじまりだということも。

けれど、こころは感じている。
あのムビラの音色と、遊民ちゃんの宇宙は、
これからの日常を生き抜くために、
かみさまが与えてくれた宝物だということを。
じぶんを解き放つための、ほんのすこしの希望。

だから、泣くのは、
ひとりのときだけにしよう。

笑うのは、ほんとうにうれしいときと、
ほんとうにたのしいときだけにしよう。

そして落ち着いたら、
やさしい音色をききにいこう。
もう既に、あなたとわたしの道は分かたれている。


だけど、すこしのあいだでも、
あなたと生きることができて、
わたしはきっと、しあわせでした。

ありがとう。



2014年7月2日水曜日

愛すくりーむ

もしかして、もしかして。
あいぱっどちゃん、いらなかった事態??

いやいや、まっくぶっくを買うまでの、しんぼうなんだい。

石川県に毎日テレパシーをとばしたり、
まよなか悪夢で目をさましたり、
わりと現実的な未来についての話を両親としたり、しています。
携帯をあいぽんにした。

私生活のほうで、ほんとうにもろもろがありすぎて、
もう甘い甘いアイスクリームになりたい気分。
でもパイナップルは、食べたいなあ。

こんかいは、あいぱっどちゃんからの、初投稿。
うまくいくかしら。
いまのところ、入力の気分は上々です。
でもパソコンちゃんからのほうが、見やすいかな。


さてさて、さいきん始めた、いんすたぐらむのお話し。
ひょんなことから某アイドルミュージシャンのブログを見たことがきっかけで、
自分の顔を写真にうつすいわゆる『自撮り』というものにはまっています。
自分の顔に対しては、ほんとうは3日くらいで飽きていたのですが、
いろいろ話のネタになると思って、いまもなお継続中です。

でも、先日もだめだしをされたとおり、
かわいくうつる気はあまりなく、
むしろ写した写真が映し出す「じぶん」というものの存在に興味があります。

写真の構図や色、トーン、コントラスト、
被写体としてのじぶんの在り方や、
自撮りをする人の性格の考察、いい自撮りよくない自撮り、
同性からの視点や異性からの視点など、わりと多方面からの観察もつづけています。

もちろん、ご存じのとおりの性格ですので、
急に飽いてしまうかもしれませんが。

それよりもはやく、
北海道の日記の続きを!
まえのパソコンちゃんをいじらないといけないので、
なかなか時間がとれなくて。

録音のためのアレンジがひと段落したら、とりかかります。
もちろん、そのつもりです。

不便なのは、まだあたらしいアラームの音に、慣れない事。
どうせならあなたの声で目覚めたい。

なんちゃって。