2014年10月24日金曜日

道化の素顔

枯れた声で散々歌って、じぶんの歌声を聴いて、
いま、ようやく落ち着きました。
まぶたが熱くて、頭が重たいです。

何があったわけではない。
何気ない一言に、心臓を鷲掴みにされて、
己の無力さに絶望感をおぼえただけです。
これもひとつの過程なのか。
それならば生きていたくないと思うけれど、
そういうわけではない。


神さまは、いつもすべてをわかっていて、
そしていつもうまい具合に、生きる糧を与えてくれる。

すこし前に、なんとなくだけれど、気になるひとができて、
じつはもう二度とだれかを好きになんかなれないんじゃないかと思っていた矢先だったので、
とてもうれしくて、ほっとして、このあいだなんかも、
すごく体調がわるくて仕事も忙しかった日に、
ちょうどタイミングよくメッセージをもらったりして、
そのひとの存在だけでかなりこころが救われていて。

いまもそのひとの音楽を聴いているし、
毎朝こころのなかで、そのひとに、おはようと云う。
それだけで一日がんばろうという活力を与えてくれるひと。

きょうのことがあっても、そのひとのおかげで、
またあしたからも、がんばれそうです。

そして、そんなひとと巡りあわせてくれた神さまにも、
どうもありがとうと、毎朝云います。


たぶん、いま、
生と死の狭間にいる。
それは貴重な体験だ。
押しつぶされないように、
自分が誰だかを、見失わないように。

彼女もきっと、こんな毎日だったのかと思うと、
どうしていちばんつらいときに、
いっしょにいてあげられなかったのかと思って、苦しくなる。
わたしはとても、つめたい人間です。
ほんとうに、つめたい人間です。

因果応報、罰を受けるには覚悟が必要。
まだ不十分。
もっと捨てて、身軽にならなければ。
遮断して、独立しなければ。



 泣くのは今日だけで良い。
あとはずっと、笑っていようと思う。


2014年10月15日水曜日

ワニのいる生活、充電活動のおしらせ。



ひとあしお先に、ホームページやツイッターでの発表がありましたが、
このたび、ワニのいる生活は、ライブの活動をお休みして、
しばらくのあいだ、パワーアップのための充電期間に、入ることになりました。


なんだか、いろいろな想いがありすぎて、うまく言えない。
きっとこのお知らせを見てくれたみなさまも、びっくりされただろうし、
いろいろと想ってくださっているのでは、と、思います。

応援してくださっているみなさまに、かなしい想いをさせてしまっているなら、
ほんとうに、ごめんなさい。
とても、胸が痛みます。

理由については、ほんとうにたくさんの理由が複雑に絡み合って、
単純にひとつだけを、これ、とは言えないのだけれど、
じぶんたちのパワー不足を、どうにかしたい、という想いがいちばん強いと思います。

もっと楽しいことや、おもしろいことを、たくさんしたい。
いつのまにか、想像力や、創造力が、欠乏しているのを感じたまま、
活動をつづけるのが、むずかしくなってきたような気がします。
じぶんたちを、いちばん、わくわくさせたいのに。

もしかしたら、求めている理想が高すぎるのかな?
とも、思わなくもないです。
でも、理想と現実の齟齬を認められないということは、
いまの自身の姿をわかっていない、ということでもあるし、
それは由々しき問題だと思う。人間としても。

そういうの、全部まるっと払拭して、
かっこわるいところも全部認めて、
全身で体当たりできるような、人間になりたい。
そういう表現をしたい。 そういう音楽をしたい。

喉のことにも、一度けりをつけたいです。
何ヶ月か完全に歌を歌わずに、ある程度治癒させてからトレーニングをすれば、
すこしは丈夫になって、きっと遠くのほうまで何日間もツアーに行けると思うし。

そうしたら、北海道だって、日本列島だって、ぐるっと一周、できちゃうかもしれないし、
海外にだって、行けちゃうかも、しれないんだぜ。

ワニのいる生活のライブは、しばらくお休みするけれど、
いま、すばらしい仲間の力を借りて大切に録音している曲たちは、
たとえ来年以降になっても、かならずみなさんのもとへ届けたいと思っているし、
ワニのことだから、なんだかんだ、屁理屈を考えて、
みなさまへ会いに、行くんじゃないかと、思っています。

ほんとうに、大好きだから。
いつでもみんなのこと、こころから想っています。

いただいたものを、ほんのすこしも、お返しできていない、
だから、しっかりじぶんの弱いところと向き合って、
おおきくなって、帰ってきたいと思います。

それまで、こころのちいさな片隅にでもいいから、
ワニのことを、憶えていてくださると、
ほんとうに、ほんとうに、うれしいです。

ワニのいる生活のお休み中、
西岡氏は、音楽の活動をストップさせないみたいです。
金輪際というバンドの時代から、わたしは西岡氏の音楽が大好きなので、
ワニの枠を飛び越えた彼がどんな音楽をするのか、とても楽しみ。
個人的には、ぽんぽん丸と、ブレンダ0号が観たいです。

わたしのほうについては、すこし未定にしています。
まずは、じぶんの内側のこと、ちゃんとさせようと思っています。
性格的に、先に決めてしまうと、プレッシャーになってうまくいかないから。
ワニの充電期間が無期限なのも、そのへんを西岡氏が考慮してくれた結果です。

でもきっと、なにかしらの表現は、つづけていくのだと、思っています。
ひきつづき、あたたかく見守ってくださいますと、幸いです。


なんだか、長々と、なってしまったけれど、
じぶんのブログなんだから、いいよね。
最後まで読んでくださって、ほんとうにありがとう。

(もし、会ったときに、かなしい顔をしていたら、殴ってやってね。
またね、なんだろ、と、殴ってやってね。)

もちろん、さようならではないけれど。
けじめとして。

いままで応援してくださった、支えてくださったみなさま、
ワニに出会って、お関わり合いになってくださったすべてのみなさまへ、
感謝をこめて、ありがとう。

そしておなじ時代に、音を奏でる楽しみを共有しているすべての音楽家へ、
ありがとう、最高、これからも、楽しんでいこう。

出会ってくれて、ほんとうにありがとう。
ワニはほんとうに、しあわせ者です。
これからも、どうぞよろしくね。


PS
じつは、さみしい気持ちで、ライブをみるのは、
みなさまの望むところではないのでは?と、危惧しています。
(ワニの二人は、個人的には、そういう気持ちでライブを観るのが、苦手だから…。)

でも、桜重奏のときに、最後に観れずに悔しかったというお声をいただいて、
あとから後悔したことがあるので、二人で話し合って、
このタイミングでのお知らせに至りました。

しばらくお別れだからと、会いにきてくださってもいいし、
またのお楽しみを、とっておいても、かまいません。

お休みまでに、決まっているライブは、
10/18(土) 梅田ハードレイン ロデオホドリゴ企画
11/21(金) 南堀江SOCORE FACTORY JUST POP PRODUCTION 2nd Anniv.
     ※ワニバンドでの出演です。
11/22(土) 十三ファンダンゴ ともしび音楽祭

の、三日間です。

そして12/6(土)には、わにバートわにバートで、企画をします。
わたしが働かせてもらっているレストラン『欧風食堂レクレール』にて、
おいしい夜ご飯をビュッフェスタイルでいただきながらの、
アコースティックライブのディナーショーを考えています。

すこしお値段は高いですが、おいしいお料理と、たくさんのプレゼント、
そして感謝の気持ちをご用意して、おまちしております。


2014.10.15

2014年10月8日水曜日

所在無い言葉の慰め


あのひとの美しすぎる回路に目が眩んで
わたしはまた人肌を求める
繰り返すのは遺伝子の所為にして
ただ夕暮れの最中に背を向ける

識ることは罪か
触れることは罪か
畏れることは罪か
手を伸ばさないことが 最大の罪か

首筋に喰らい付いて
君のなかへ取り込んだなら
糧にして
共に生きたい

指先にジャムを付けて
髪の毛一本も残さず
咀嚼して
下衆い妄想さ


ぽっかり空いた二つの穴から世界を観て
ひとつになったからだで
声を 奏でる音を 感じたい

おんなはただ、暴かれたいいきもの

真っ直ぐに墜ちて、所在なく笑う
訝しげに手を伸ばす


触れたなら あとは痴情

2014年9月23日火曜日

におい

できることを、できるぶんだけ、
やっていこうと決心すると、
とてもとても、らくになりました。

東京からお友だちがやってきていて、たくさんの話しをした。
そばに人がいることの、やすらぎを、
ありがたく、享受しています。

はやく、やりたいことが、たくさんあるから。
まいにち、一歩ずつ、
ゆっくりと歩んでいけますように。

2014年9月21日日曜日

白日


ながくながく癒着していた恋人とももうすぐお別れなんだと、
季節がそう告げています。

何年か前に生まれたこの『白日』という歌は、
ずいぶんといっしょに恋人と生きてきたわたしの、
不必要にながく続いてしまった痛みと、
そしてそれまでにあった、恋人にも話さなかった
過去の日々への想いを込めました。

それらは見事に回帰して、いま、あたらしい世界へ、
わたしを導いてくれているのを感じます。

結局は、わたしも恋人も、ひとりなんだと思います。
それなのにひとつになろうとしてしまった。
そして、ひとりだということを、
理解しようとしなかったわたしを、
どうぞ断罪してください。
分かれてなお、業が深い女だと、そう思います。

こんどは、もうすこし純朴に、ひとを好きになりたい。
好きになってしまうのではなく、そのひとのことを、
そっとこころのなかに、認められますように。


2014年9月3日水曜日

夜半を待つ

事実として許されているのは
音声による通信のみなので、
文章だと心許ないのかも知れない。

愛知県はなぜ、
愛を知る県と書くのかな。

本の続きが読みたい。

以上、新しい手続きからの実験でした。

歌うクジラ


こちら、まえにつかっていたパソコンちゃんから。
文字入力がぜんぜんだめで、

なんていうか、
タイムラグがすごすぎる。
これもしばらく使ってみたら、また元に戻ってくれるだろうか。
(ある意味ブラインドタッチの練習になる、といえばものすごくポジティブ。)

真っ昼間から、芸術に近いようなお料理を堪能させていただいて、
おまけに同年代の自営業をしているひとと
いろんなお話までさせていただいて。

わたしも口ばかりではいけない。
ほんとうにいけない。
時間を無駄にしないで。
いましかない。いましかない。

じぶんが悪いと、善くないものを惹きつけてしまうだろ。
体裁なんて気にしたくない。
無我夢中になりたいの。

そしてそれは、自分自身のみの問題。
卑しいことなんて何一つない。

だけれど、誇れることもない。
迷っている、悩んでいる、立ち止まっている、
澱んだ肢体と脳みそを感じすぎるほどに感じている。


(ああ、矢張りこの、
思考回路とほぼ直結してくれるタイピングの快楽は凄まじいものがあるな)


はやくおにゅうなパソコンちゃん、買っちゃおう。
何だか全体的に気持ちの悪い今日。
変態だなあ。村上龍にあてられたのか。

これにて失敬。