2015年11月13日金曜日

黒い靴



不思議なことに、わたしたちは共通して写真写りがとても悪い。
きょうのような暗闇の中では仕方ないのかも知れないけれど。
あなたは時計のねじを巻く。
だけれども、左腕の月は、止まったまんまだ。

突然のサプライズにわたしのほうが興奮して、あなたがロウソクの火に息を吹きかけるところを目撃し忘れてしまった。
たった一枚、うまく撮れた写真は、あなたの何をも写し出せていない。
ただ笑顔のひとが、そこに、いるだけ。


時々、ほんとうに時々、あなたがいなくなることを考える。
もしあなたが死んでしまったら。
誰がわたしに知らせてくれるのだろうか?
長年連れ添ったひとは、どんなひとなのだろう。
犬なんて飼ったことがないけれど、わたしが引き取らせてねと約束をしている。
そんな未来なんて来ないことを願っている。

いつも、いつでも、
わたしはわたしのまわりの世界に取り残されてここにいるような気になる。
選んだはずの未来に巡り合えたなら、ここがわたしのいるべき場所なのだとずっと言い聞かせてきたけれど、どこに行っても、だれと会っても、わたしはどこにもいないような気になる。

それでもあなたは、わたしを求める。
わたしもずっと、あなたを求める。
もう、何年も何年も、それを続けている。
そしてこの先もそうであってほしいと思う。

ただ、静かに均衡は崩れつつあるのかもしれない。
わたしにはどうすることもできない。
この選択が正しいかどうか査定する術も持たないでいる。

後ろめたさなどない。卑屈にも成りきれない。
彼女たちとわたしの違いなど羅列すれば何時間かかるだろう。
そういう存在との比較対象な訳ではないと知っている。


わたしは一体、何なんだろう。
わたしに何の価値があるのだろう。

不思議な気持ち。
悲しいのとは違う。虚しいのとも違う。
ただ、不思議だなあと、思うだけ。
この幸福をただ享受するだけでいいのかという、焦りにすこし似た感情。


この靴を履けばあなたにあえるのか。
それなら毎日でもいい。ほかの靴なんていらない。
切なくはない。苦しくもない。
わたしは毎日、黒い靴を履き続けるだろう。


一度だけ、乗り換えの駅で、あなたの住む街に降り立ったことがある。
恋しているみたいな気持ちになったのも、きっと若さ故。

幾度とない夜を通り越えても、あなたの手元に、わたしの痕跡は何も残らない。
わたしには、幸運の扉を開く鍵と、一緒に過ごした記憶だけが残る。

ほかに何もいらない。
同じ目線で好きな歌を歌って、交わした視線を何より大切に胸にしまっておきたいだけ。
初めて会った日のこと、そのときの緊張をまだ覚えているから。


来年の五月は是非、時計のねじを巻きに東京へ行きましょう。
その回数を数えたりはしないから、どうか、のこりのわずかな時間、もっと一緒に過ごせますように。


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