2015年3月18日水曜日

手をとってこうだよ



こんなにもせつないのは、
なまぬるく降りしきる、春の雨のせいだろうか、
あのひとの残像に、恋をしているせいだろうか、
それとも、りゅうちゃんの、ZOOZOOSEEの、
すてきな曲たちのせいだろうか。


きのうは久しぶりに、ZOOZOOSEEのスタジオ練習に参加してきました。
ZOOZOOSEEは、ワニの音源やわにバンドのベーシストとしてもおなじみの、
前田のりゅうちゃんが主体となって結成されたバンドです。

りゅうちゃん、なんと、立ちボーカルなんだわさ。
ベースが、いちぢくぢる時代からお知り合いの、たいへーさん、
ギターも、じつはかなり昔からつながりのある、桜井さん、
そしてドラムは、りゅうちゃんの大親友の、高山さん。

以前ライブをさせてもらったときは、
ベースが、元・空きっ腹に酒などでご活躍されていた、りょうさん、
ドラムがたいへーさん、という編成でした。

わたしは、ワニをメインに音楽の活動をしていたので、
うまく時間を作れず、ずっとユーレイ部員として在籍させてもらっていて、
なかなかライブや練習にすら顔を出せなかったのですが、
きのうはほんと、久しぶりに復帰させてもらったのでした。


みんな、とてもあたたかく迎え入れてくれて、
すごくすごく、うれしかった。

ほんとうに、あったかかった。
スタジオに行くこと自体、去年の十二月以来だったので、
おおきな音を出すことにもすごく興奮したし、
当日もぎりぎりまで、とても緊張してどきどきしていたのだけれど、
心配だった喉もそこまで調子が悪くなくて。
(それでも煙草の煙ですこし痛んでいた、きょうが湿気多くてよかったです)

やっぱり、幾人かの人間がひとところに集まって、
せーので音を出す、おなじ音楽を奏でる、
そのパワーを全身で感じることができて、
とても幸福だと思いました。
こころから、楽しいと思えた。



音楽が、好きだと思えた。

音を出すことが、音を出してじぶんの気持ちを伝えることが、
とてもとても、好きだと思えた。

むかしから演奏している、大好きな曲にも、
その日その場所ではじめて触れ合った音たちにも、
自由に、そのときの想いをのせて、鍵盤をたたくこと、
じぶんの世界を、音にのせて、表現したいと思えたこと。


この体験を、いま、このときにさせてもらえて、
ほんとうによかったと、思っています。
たいせつなもの、わたしはまだ、きちんと持っていたよ。

ワニとはまた、違ったかたちで、
わたしを受け入れてくれる場所があったこと。
ほんとうに、ありがたいことだなと、思います。

ずっと待っていてくれて、ほんとうに、ありがとう。
繋いだ手を離さないでいてくれて、ほんとうに、ありがとう。


五月、いちど大阪へ戻ってくるときに、
ライブに参加させてもらえることになりました。

みんなといっしょに、ステージに立ちたいな。
音楽って、こんなにたのしいよ、って、
みんなといっしょに、表現したいです。

ああ、待ち遠しいな。
たのしみが、またひとつ、ふえました。


ZOOZOOSEEは、曲がほんとうによくて、大好きで、
みんなの演奏やりゅうちゃんの歌が、
わたしはすごく好きなのです。

こころのなかに誰もが持っている、すこしやわらかくて弱い部分に、
そっと寄り添ってくれて、でもぎゅっと、わしづかみにして、
「みんなみんな、よわくて、ひとりぽっちだよ、だから大丈夫、」
って、いっしょに泣いて、叫んでくれているような、
そんなせつない気持ちになる。

そして、わたし以外みんな男のひとばかりなんだけれど、
ふだんはわりと「ほわ~」ってしてる感じなのに、
演奏中は人が変わったみたいに、男のひとの色気がにじみ出て、
ものすごく恰好の良い音を出すものだから、
みんな、ずるいなあ、って思いながら、演奏しています。

そのなかでも、自由にさせてもらえて、とても有り難いです。
曲がいいから、なにやってもいいんだよね~。とか言ってみたり。

ああ、わたしはわたしなりに、
たのしいことに、夢中になっていよう。


そんな昨日でした。
きょうは雨にやられて、頭痛の一日だったけれど、
寝不足のわりには家事も炊事もがんばったかしら?
豚の生姜焼きを、とても美味しく作れるようになりました。


きみのことも、たいせつに、想っていますよ。
わたしは、わすれたり、しないよ。

ひたすら、買ってもらったのとおなじジュースを飲む!笑
まいにちたのしくて、いい感じ。ありがとう。





(なにげに、想いを伝えてしまっているかもしれない、という事実を認識して、
こっそり驚愕していますけれどね。)

それは、ぜひに、わすれていたい。笑


こんなはずかしいこと書いているのも、わすれちゃおー!笑


2015年3月15日日曜日

黄色いハンカチ



すごくひさしぶりに、パソコンちゃんを立ち上げてみました。
お姉ちゃんのWi-Fi、ばんざーい!

さいきんやっと、春の訪れを感じさせるような日差しがこぼれてきましたが、
みなさまいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
わたしは元気です。うそ、そんなことないな、からだは何だか不安定。
こころもすこしだけ、不安定。
季節の変わり目を満喫しています。

二月の終わりに従姉妹が居候にやってまいりました。
とにかくたのしい。女ばっかり4人は、人生初です。
まいにち腹筋がつりそうなくらい笑ったり、
他愛もないことをおしゃべりしたり、
たまに真面目なことを夜中まで話し合ったり。

とてもたいせつな日々、充実しています。
いましか過ごせない時間を、過ごさせてもらっている、という実感がある。

スイミングスクールのコーチをやっていて、
八年間ほぼ休みなしで働いて、
去年、これからはじぶんのほんとうにやりたいことのために生きる、と
決心をしてあたらしい一歩を踏み出そうとしている従姉妹。

姉もゆっくりですが、もとの顔色に戻ってきて、
だいぶ調子もよくなり、資格取得のために勉強をはじめたり、
相変わらず、お仕事帰りにお買い物をしてきてくれたり、
お風呂あがりにもかかわらずゴミ出しに行ってくれたり、
(先日はわたしの長期留守中に掃除機をかけてくれていた)
すこしずつ、家事にも参加してくれるようになってきました。

従姉妹は筋肉やからだのことに関する知識がすごくて、
ストレッチにヨガにマッサージにと、いろんなことを教えてくれるし、
姉も医療事務の仕事をしているので、
病気やお薬に関することをなんでも教えてくれたり。

なんていうか、みんなほんとうに尊敬できる、自慢の家族です。
好きすぎて毎日お弁当を作っているくらい。
まあでも、惚気ると長くなるから、またこんど。


あの、惚気ついでに、
前回のブログにも、ちょっと書いたのですが、
さいきん、気になっているひとと、
すこしだけ、仲良くさせてもらっています。
(わたしがそう、思っているだけかも、しれないけれど)

とてもよく笑うひとで、笑顔がすてきで、
わたしの知らないことを、たくさん知っていて。
やさしくて、恰好良くて、なんだか癒される、
おもしろくって、たのしいひと。

そのひとの世界に、触れてみたいなと、思ってしまったのです。
とてもうつくしい、言葉を紡ぐから。

いままでどうして、気付かなかったのかしらね。
けれどもう、その手に触れたときから、
わたしの世界は変わってしまった。

ほんとうに、出逢えてよかったなと、こころから思います。
いま、わたしのこころのなかには、たしかに彼がいる。
彼がいてくれることで、胸を焦がして、こころを燃やして、
きょうも生きつづけることが、できている。


でもきっと、彼は知らない。
わたしがかえりの電車で、なみだがとまらなかったこと。
そのわけは、わたしにもわからない。


ああ、今夜はだいぶ惚気たぞー。
(こう見えて恋バナ苦手だから、リアルでもこんなにのろけることないぞー)

逢えないのに、まいにち夢に出てくるから、せつなくて。
ありがとうを伝えて、ほんのすこしでいいから、声を聞きたい。

なにがあっても、ぜんぶ歌に還すから、ちっともこわくない、
なんて強がりも、云えるのは、いまだけなのでしょう。

とりあえず、きょうで一度リセットして、
わたしも5月にFP3級を受験しようと思っているので、
お勉強はじめなきゃー。
お片付けも、あともう一息だし、言ってるあいだに4月だし。

恋なんかに、うつつを抜かしている場合ではない!
(そしてもっとブログの更新頻度をあげるべきだ)
2月は1回しか書いてないぞー たるんどる!

ごめんなさーい!きょうはもう寝まーす。。




きょうは夢に出てこないでね。
胸が苦しい夜はもう、たくさんだよ。


2015年2月20日金曜日

喉仏

かなりご無沙汰になってしまいましたが、みなさまお元気でしょうか?

前回のブログに書いた、はじめてのソロライブも無事に終えることができ、
いまは荷物の整理や家のお片づけに尽力している毎日です。
こんなにも、自分ひとりで行動することができたのか、という驚きと、
また、自分ひとりではできないことを、いっしょにやってくれる人がいる、
というありがたさを、全身で感じています。

二月のはじめに、姉が家に帰ってきました。
満身創痍で、帰ってきました。
いろいろなことは、想像の範疇でしかないけれど、
ほんとうに、つらい体験だったと思います。
二週間を過ぎ、姉妹と母親と、三人仲良く楽しく過ごさせてもらっています。
三人で暮らすのは、十年ぶり、くらいかな?

姉がいてくれてよかったなあと、思わない日はないです。
もちろん、お片づけのお手伝いや、お買い物をしてくれたりと、
日常的な面で助かっていることもたくさんあるのですが、
何をした、とかいうことではなくて、
ただ元気にそこにいていっしょに笑うことができている、
それだけで、うれしいな、よかったな、と、心から思えるのです。
お仕事がきつくても、帰ったら姉がいる!とか、
晩ご飯、何つくってあげようかな?とか、考えるのがたのしい。

むかしは仲が悪かった姉ですが、
こんなふうに思えるのは、血の繋がった家族だからだとも思うし、
姉の抱えている問題や、いま自分が対面している問題をクリアするのに、
同居をすることになったのは運命のようなもの、という気がしていて、
ほんとうに、助けになっています。

きのうも、古いDVDやCDを整理いていて、
過去と向き合うことに消耗していたわたしに、
ふと、言葉をくれた姉。
じぶんひとりでは悩んでしまって、ぐるぐるまわってしまうことも、
姉に話すと、答えになるヒントがかえってくるときもあるし、
しょうもないことで笑いあって、リセットされるときもある。
姉がいてくれるおかげで、悩みすぎず、行動する気力をもらえます。
家族って、すばらしいです。ほんとうに。

そしてなんと明日からは、従姉妹が一ヶ月間、居候に来ます。
こんな狭い家に4人も…だいじょうぶかな。。

姉が来た当初も、ストレスフルになりかけてちょっと大変だったりしましたが、
(お風呂の順番とか、洗濯機の順番とか。みんなどうして、玄関で靴を揃えないの!?笑)
最近は「合宿みたい!」と思って楽しめるようにもなってきたし、
みんな明るいし、おバカなことで大笑いできるので、
まあだいじょうぶかな〜。
あたらしいことをはじめる、従姉妹にもきっと刺激をもらえるだろうし、
わたしはわたしの、やるべきことをやっていこうと思います。

まだまだ荷物を減らすぞ。
いろんなものを、捨ててしまおう。
とりあえず、いったん、なにもかもなくしてしまおう。
そしてそこからまた、はじめよう。

過去に目を向けると、じぶんの犯してきた過ちの多さや、
悲しませてきてしまったひとたちにばかり目がいってしまいがちですが、
たいせつなのは、いまここにじぶんが生きていることだし、
いまこれから、じぶんがどういうふうに生きていくかだと思っているので、
罪の多さを肝に命じて、わすれないように、
おなじことを繰り返さないように、
ゆっくりですが、すこしずつ、じぶんのはやさで、
進んでいけたらいいな、と思います。

なるべく不言実行。
有言実行でも、可。
失敗してもいいから、とりあえず、やってみる。

ただ、わたしの場合、言いっぱなしになってしまうことが多々あるので、
(そうなるのがいやで、ブログを書かない、という言い訳)
そこのところには、気をつけていきたいなー。

なんでいつも、こんな反省文みたいなブログなんだろう。
もうちょっとおバカな感じでも、いいよね。
だっておバカなんだもん!
(きのうも、姉とアナ雪の主題歌を替え歌してゲラゲラ大爆笑でした)

らくーに、いこうね。
まいにち、お線香をあげる意味を、忘れずに。
叔母から託された使命を、忘れずに。

また気が向いたら書きまーす!
しばらく休止中だった恋愛活動も、
そろそろ活動再開しようかな。なんちゃって。
(この表現、バンドっぽくてお気に入りなんです。)


iPad、メールから送信

2015年1月26日月曜日

不可思議


きょうは冷たい雨ですね。
まだまだ寒い日が続きますが、
みなさまお元気していらっしゃいますでしょうか?

今年はとても大きな(A4)サイズの手帳をつかっていて、
そこに何でも書いてしまうので、twitterや顔本など、
SNSに書き込む時間があまりなくて、ブログもさっぱりご無沙汰なのですが、
わたしは相変わらず、割と元気に過ごさせてもらっております。


大阪に帰ってから、たくさんのひとたちにお会いして、
また、直接会えないひととは、電話で声を聞きあって、
いろいろなところに行き、いろいろなお話をさせてもらい、
とても充実した毎日を過ごさせてもらっています。

九州を旅立つその日も、たいせつな出来事がありました。
誰かの気持ちを、使命にして、
こころにとどめておくことのたいせつさを、
身をもって、学ばせてもらいました。

そうして、夜、眠る前に、思ったこと、感じたこと、
その日どんなことがあったかを、ていねいに文字におとす。

じぶんのために、文字を書くこと。
他人が介入しない世界で、自分と対話すること。
ずっと挑戦してみたかったことなので、
とても貴重に思っています。

ブログ更新の頻度は低いですが、
おかげさまで、たいせつな日々を、送っています。


突然ですが、お知らせがあります。
何日か前に、twitterなどでもお知らせさせてもらったのですが、
来月、人生で初めて、
ひとりきりでステージに立たせてもらうことになりました。

現在は東京に拠点を移して音楽活動中の、
“とかげのわかば”改め、“影野わかば”さんの企画です。
新しい音源『夕陽だった』の発売記念のワンマンイベントなのですが、
恐れ多くも、ゲスト出演という扱いで、演奏させていただきます。

初ライブなのに、だいじょうぶかなあ…。
もしお時間よろしければ、応援しにきてくださると、とてもうれしいです。

2月14日の土曜日(ん?なにかの日だな)、
道頓堀かつおの遊び場で、お待ちしております。
(事前にご予約いただけましたら、日付にちなんだプレゼントをご用意しておきます)

わかばさんの新譜には、ワニのいる生活として、
西岡君といっしょに2曲参加させていただいております。
そして音源のミックス・マスタリング(総仕上げをする役割のひと)は、
なんと、ワニでも『風邪』という曲でお世話になった、徳永輝くんです。
輝くんは、東京で活動中のバンド・テジナのエンジニアさんとしても活躍されています。

まだ聴かずとも、きっといい作品になっていること、まちがいなしです。
はやく聴きたいなあ、とてもたのしみ。

そしてライブの日は、もしかしたら、
わかばさんといっしょに何曲か歌わせてもらうかもしれません。
力量は、言わずもがなの、差がありますが、
いっしょうけんめい、うたいます。


人前でギターを弾いてうたをうたうのは、何年ぶりでしょうか。
ギターは、わたしの、どろどろとしたこころのありのままを、
すべて受け止めてくれるので、おそらく、
「ワニのいる生活 なす子」のイメージからは、
ずいぶんと、正反対の場所にいるように、感じます。

決して、明るくて、たのしくて、
元気になるような音楽ではないことを、お断りしておきます。

どちらかというと、昔やっていた、
「桜重奏サーティーン 升あけみ」の、
音楽性を想像していただくほうがいいかもしれません。
そこまで暗くないけれど、もっと濃いかんじ。

怖いもの見たさでいらしてくださっても、かまいませんが、
「ワニのいる生活 なす子」でもなく、
「桜重奏サーティーン 升あけみ」でもない、
いまのわたしの歌を、聴きにきてくださると、うれしく思います。

もちろん、演奏する曲は、わたしのほんの一部分なので、
また違った雰囲気の曲も、いずれお耳に入れられればと思います。

いまはじぶんのことで、せいいっぱいですが。
身の回りのことをととのえて、落ち着いたら、
すこしずつ、かたちにしていくつもりです。
そちらもどうぞ、たのしみにしていてくださいね。


もうひとつお知らせがあって、
これはほんとうに、予定は未定なのですが、
あたたかくなったら、大阪をはなれて、
いろいろなところへ、行こうと思います。

音楽をとおしてご縁を結ばせてもらった、すてきなみなさまへ、
いままでありがとう、これからもどうぞよろしくね、
と、云うため、みんなに会いにいく、そんな旅です。

しばらくは東のほう、それから、また北のほうへも、行けるといいな。
もしタイミングよくお会いできる機会がありましたら、
どうぞ遊んでやってくださると、幸いです。


最近は、叶えたい夢があるから。
だれかの笑顔に会うために、
一分一秒も無駄にしないようにこころがけている。
それでも、いままでになく、自由。

既成の概念をぶっとばす。
そんなひとがそばにいるから、
わたしは自由。とても自由。

あなたにも、いつか会いにいけるといいな。


2015年1月5日月曜日

春の小夜



小倉の家で、祖父と過ごす、最後の夜です。

大晦日から明日までの一週間を九州で過ごしているのですが、
毎日、気付いたり、思い知ったりすることの連続で、
想像していたよりもはるかに実の詰まった日々でした。

思うことがたくさんありすぎて、
いまはまだ言葉にできないです。
そしてたぶん、きっと、
言葉にする必要もないのかな、と思います。

じぶんのすべてをつかって感じたことを、
じぶんの人生に生かしていく。

今年の幕開けを、ここで過ごすことができて、
ほんとうによかった。
それだけです。


あした、大阪に帰ります。
大阪の排気ガスも大概だけれど、
花粉情報のようにさらりと天気予報でPM2.5の情報が流れる、
北九州は、そんな土地です。
地図で見たら、中国、ほんとに近いもんね。おとなりさんだもんね。
祖父は肺が弱いので、心配です。

帰ったら、すこし走ろうと思います。
運動不足を解消するために、散歩と言って外出すると、
退屈で外出したのではないかと祖父が心配して電話してくるので、
(それでも一応、祖父が横になって休んでいるタイミングを狙っている)
走ったり、身体を動かしたりするのは、大阪でもできることなので、断念しました。

とても思いやりがあって、やさしい祖父。
祖母との愛らしいやりとりに、
幾度、こころを癒されたことか、と思います。


中学生の時に両親が別居して以来、
十年間、父方の親族とはほぼ交流がなくて、
このままじゃいけないと思い立ち、父と姉と一緒に帰省したのが三年前でした。

その次の年も、父と二人で帰省をして、
年賀状を出し合ったり、小包を届け合ったりして、
ああ、こうやってすこしずつ、
会えなかった時間を取り戻すことができればいいなあと、
そう思っていた矢先に、祖父に癌が見つかったのが今年の春でした。

悔しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
いまでも、わたしには何ができるのか、わからない。
こうやって、となりで日々を過ごしても、その答えは見つからないままです。

ひとりで祖父母の面倒を見ている叔母も、ほんとうに、大変だと思います。
もう何十年も、祖父母のそばで生きてきたひとです。
それはもう、頭が上がらないほどの、すごいことだと思います。

祖父母と叔母を見ていて、わたしも、
じぶんの両親が老いたときのことを考えるようになりました。
そういう心の準備というか、覚悟ができたのも、
今回帰省して得たことだと思います。

じぶんのルーツに想いを馳せたり、
これからの生き方や先の人生を考えたりと、
ここでしかできない体験ができて、ほんとうに、よかったです。


今年は、沈黙するということを、おぼえよう。
知る、ということを、もういちど、おぼえよう。
知性と静謐。
それがこころのキーワードです。

ただ、行動する、という点に関しては、
ことしは、やりたいことをなんでもやってみる、
そして、まず、じぶんの力でやってみる、
というのがキーワードかなと、思います。

具体的なことは、また改めてお知らせしていくかと思います。
二月の中ごろに、そのひとつがもう、決まっている。
気負いすぎず、自然体で、いられますよう。


きょうは長くなってしまった。
また大阪に帰ったら、お会いしましょう。
読んでくださって、ありがとう。
おやすみなさい。


2015年1月3日土曜日

白鳥の湖



知らない世界へ、
はいってみたいなと思います。


きのうは朝から、裏山に登ってみました。
雪がちらちらと降っていて、きのう積もった雪もまだ残っていて、
坂道が急なので滑りそうですこし怖かったですが、
上の山道まで登ると景色がよくて気持ちがよかった。

運動不足なのにたくさん食べているので、
じぶんのからだがとても重く感じます。
きょうもお買いものくらいしか、出歩いていないなあ。
あしたはもうすこし運動しよう。あんまり寒くないといいな。

じぶんの家にはテレビがないので、めったなことではテレビを観ないのですが
大晦日から4日間で、去年1年間でも見なかった量のテレビを観ています。
元日はニューイヤー駅伝、きのうときょうは、箱根の駅伝。
祖父がスポーツマンなので、基本的にスポーツ関連のテレビしか観ないのですが、
涙を誘うナレーションや番組構成に、まんまとひっかかっています。

きょうは叔母といっしょにお買いものに出かけて、
夜ごはんをいっしょに作りました。
わたしの母の話を聞いたり、祖母に味見をしてもらったり。
すごく些細なことが、たいせつに思います。


なんだかほんとうに、思うことがいろいろあって不思議。
こんなにもたくさんのことを、感じたり、知ったり、思ったり、
そしてそれをゆっくり咀嚼できていることが奇跡のように思う。

はやく感じたことについて、誰かと話したい。
海外から、はやくお友だちが帰ってきますように。


2015年1月1日木曜日

山鳩が死んでいる



新年あけましておめでとうございます。
みなさま、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?

わたしは北九州は小倉に帰省してあたらしい年を迎えました。
大晦日の夜からとても冷えて、今朝は雪のお正月でした。
テレビを見ながら諸事を片付けたり、
雪の降る中、年賀状を出しに行ったりして、
のんびりと過ごさせてもらっています。

余命幾許ない祖父と、
いっしょに過ごすのが最後になるかも知れないお正月。
いろいろ思うところがあります。

家族の関係性、親を想う気持ち、
じぶんのまわりの人々だったり、
とてもいろんな気付きが、たくさんあります。
漠然と、何年もかけて、理解していくのだろうな、
と思うことも、とてもたくさんあります。

善悪だけでは解釈できないものごと。
既成の概念に規制されていては見えないこと。

じぶんはなにを、えらんでいくのだろう。
どんな人生を、あゆんでいくのだろう。

まだまだ、これからだなあ、という気持ちが強いです。

当たり前のことなんだけれど、
ご先祖様や血のつながりは、
ほんとうにたいせつにしなくては、と改めて思った。

いままではそんなこと、とくに思わなかったのですが、
今回帰省して、いろいろなものを見て、
じぶんの視点が変わってきているのをすごく感じる。
容量がふえた、というか、想像力がついた、というか、
あたらしいものの考え方ができることが多いです。

それは、ほんのすこしの、
気持ちの余裕からくるものなのかもしれない。


すこしずつ、変わろうとしています。
それはじぶんがこころから望んでいること。

ありがたく受け止めて、しっかり咀嚼して、
血と肉と骨にさせましょう。


それで思い出しましたが、
今年からものすごく、健康志向で過ごそうと思っています。
大阪に戻ったら青汁を飲む予定だし、
毎週運動することにしているし、
じつは九州に、ランニングシューズも持ってきている。

そして、昨年末くらいから、
お化粧をあまりしないで、ほぼすっぴんでいるようにしています。
昨年あまりにも肌荒れがひどく、その痕がたくさん残っているのですが、
こころのどこかで、お化粧をしたら隠れるし、と慢心している部分があり、
そのせいで、いつまでも素肌がきれいにならないのでは?
と思ってのことです。

夏くらいには、ファンデーションなしの肌になれたらいいなあ。
うん、まだ22時くらいだけれど、もうそろそろ寝ようかな。
(もちろん、お肌のために!)

ブログも、毎日は無理かもしれないけれど、
帰省中の間くらいは、なるべく更新したいと思っています。

いままで得たものをたいせつにしながら、
つぎの形へ昇華させられるような、そんな一年になると思う。
わくわくすることの種は、あたためはじめている。
はやく、春になって、花を咲かせられることが、できますように。

不束者ですが、
末永く、あたたかく見守っていてくださると幸いです。


本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。